ガーランド

 ガーランド、というらしい。
 細い紐にカラフルなショートケーキのような三角形が等間隔で並んでいる。部屋の飾りつけを手伝おうと手に取ったが使い道が分からない。そんな十座の隣に太一がやって来て、名前と一緒に「壁に飾るんっスよ」と教えてくれた。
 天馬の誕生日会は二部構成だ。第一部は三角の部屋で夏組メンバー主催のパーティーで、他の団員は立ち入り禁止。先ほどからスマートフォンが頻繁に鳴るのは、九門がLIMEに写真を送りまくっているからだろう。夏組以外のメンバーは、談話室の飾りつけや料理の手伝いなど、第二部にむけて準備に忙しい。
「十座さんの家はどんなお祝いするんっスか?」
 壁にガーランドを飾り付けながら太一が尋ねてきた。
「うちは母さんの手作りケーキを家族で食うぐらいだな」
 真っ白な生クリームが美しくデコレーションされたケーキや、宝石みたいに輝く果物がのったフルーツタルト。そのどれもがプロ級の美味しさだ。
「さすが十座さんのお母さんっス! オレっちの誕生日は妹が歌を歌ってくれるんスよ~。それがめっちゃ可愛くて」
 慣れた手つきで飾りつけをしながら、太一が嬉しそうに誕生日の思い出を話す。十座も毎年のように母が作ってくれるケーキが楽しみだった。
 誰にでも誕生日の楽しい思い出のひとつやふたつはある。しかし、天馬にはそういう『普通』の思い出が無いと言っていた。
 両親は仕事で忙しく、いつもマネージャーの井川と二人きりでケーキを食べた。両親からの誕生日プレゼントを渡されても、それは井川が選んだものだと知っていた。嬉しい顔をしないと井川が悲しむから、なににも知らない振りをしていた、と。
 そう話した天馬の顔が僅かに歪んだのを覚えている。
 時計を確認すると既に午後六時を過ぎている。もうそろそろ夏組メンバーが天馬を連れてくるはずだ。弟の九門が入って六人になった夏組は、劇団内でいちばん賑やかで騒がしい。リーダーである天馬はさぞかし大変だろう。感情的になって怒鳴ってしまうこともあるんだ、とこっそり打ち明けてくれたことがある。
「一成からLIMEきたぞ。主役が来るってさ」
 テーブルに料理を並べていた万里が言った。
 ガーランドやバルーンが飾りつけられた壁に、ヒマワリの造花がいくつも咲いている。香ばしい匂いが部屋いっぱいに広がり、何人かの団員がクラッカーを持って入り口に立っている。そのどれもが、天馬のために用意されたものだ。
「テンテンの入場でーす!」
 一成の声とともに勢いよくドアが開いた。
 一斉にクラッカーが鳴る。破裂音が耳に響く。金や銀のテープと細かな紙吹雪が舞ってキラキラと光る。
 おめでとう、と皆が口々に祝うなか、夏組メンバーにもみくちゃにされながら天馬が入ってきた。
 少しうんざりしながら、でも嬉しそうに。三角の帽子を被り、首にモールを巻き、さらに「お誕生日おめでとう」のたすきまでかけている。そんな姿が恥ずかしいのか、大勢に祝われて照れているのか、顔が真っ赤だ。
「天馬、誕生日おめでとう」
 周囲のざわめきにかき消されてしまうかと思ったが、驚いたことに天馬に届いたらしい。
 視線がぶつかった。
(ありがとな)
 天馬が口だけ動かして小さく呟き、はにかんだ笑みを浮かべる。
 しかし、思わず目を逸らしてしまった。
 今日が天馬にとって大切な日になればいい。楽しい一日を過ごして欲しい、などと自分に言い聞かせていたが、なんて様だ。
 この笑顔を独り占めしたかっただけだと気づいてしまった。
 夏組メンバーだけでなく、他の団員にも愛されている天馬を目の当たりにして、嬉しいはずなのに胸の奥がひりつく。
 自分だけが彼の幸せの真ん中にいれたらいいのに。そんな汚い欲がどんどん膨らんでくる。
 パンッと乾いた破裂音が響いた。
 わぁっと叫び声があがる。
 壁に飾ってあるバルーンが割れてしまったらしい。一瞬、自分の体が破れてしまったのかと思った。
 心の奥底を見透かされたようで恥ずかしい。
 天馬の方へもう一度顔を向けると、相変わらず楽しそうに笑っている。
 まだ胸が痛い。
 それでも。これから何度もやってくる天馬の誕生日が、賑やかで騒がしくて、幼いころの寂しさを忘れるぐらい幸福で満たされてほしい。
 十座はそう願わずにはいられなかった。

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