看病して

 十座はコンビニで買ったストロベリーリーフパイの最後の一袋に手を伸ばした。コンビニを数軒はしごしてやっと見つけた期間限定販売の商品だ。
 甘いパイのサクサクとした食感を楽しもうとした瞬間、部屋のドアが勢いよく開いた。急いで机にあった台本を開いて後ろを振り向くと、そこには同室の万里ではなく、タオルを腰に巻いた上半身裸の九門が立っていた。湿った髪から滴がポタポタと床に落ちて、カーペットを濡らす。
「どうしたんだ、九門?」
「兄ちゃん……天馬さんが」
「天馬? 天馬がどうした?」
 リーフパイをこっそり隠して立ち上がり、九門の剥き出しの肩に自分のジャージをかけてやる。中庭の緑が眩しい、暖かい季節になったとはいえ夜はまだ冷える。
「一緒にお風呂入ってたら倒れちゃって……」
 九門と一緒に廊下を走って共有浴場に向かった。後ろから「兄ちゃん、待ってよ」と九門が追いかける声がする。
 脱衣場では九門以外の夏組メンバーが仰向けに横たわった天馬を心配そうに囲んでいた。一成が真っ先に十座に気づいて、
「むっくん、ヒョードル来てくれたよ」
 と天馬の手を握っている椋に十座の到着を知らせた。
「十ちゃん、よかったぁ。天馬くんがのぼせて動けなくなっちゃって」
「しかも三角星人まで。我慢対決なんて子供っぽいことして、二人とものぼせるなんて馬鹿じゃないの。ここまで運ぶの大変だったんだからね」
 辛辣な言葉とは裏腹に幸が心配しているのは明らかだ。タオルを扇いで少しでも熱を下げようとしている。十座も夏組メンバーと同じように天馬の顔をのぞき込む。眉間に皺を寄せて苦しそうにしているが、意識はあるらしい。
「天馬、大丈夫か?」
「ん……十、座さん……?」
 声を掛けると、天馬がうっすらと目を開けた。力なくこちらを見つめ、眩しそうに何度かゆっくりと瞬きをするとすぐにまた目を閉じる。額には冷したタオルが置かれ、苦しそうに胸を上下させている。こんな状態では自力で動くことは無理だろう。
「三角さんは?」
 天馬と同じようにのぼせたという三角が見当たらない。十座が気になって尋ねると、既に回復して天馬のために飲料水を取りに行ったという。
「このまま湯冷めして風邪引いて、ドラマも映画も降板になって仕事がなくなった天馬くんは、ついにギャンブルにはまって借金まみれになって……」
「むっくん、考えすぎだって」
 いつもの椋の妄想を一成が落ち着かせる。確かに椋の言う通り、下半身をタオルで巻いたまま脱衣場で横になっていては風邪を引いてしまう。
「兄ちゃん、天馬さんのこと部屋まで運んでくれる? 俺たちだと天馬さんのこと落としちゃいそうだから兄ちゃんを呼びに行ったんだ」
 十座が天馬を移動させることを考えていると、九門が涙を浮かべながら頼んできた。
「もちろんだ。呼びに来てくれてありがとな」
 濡れたまま部屋に入ってきたときは何事かと思ったが、九門も相当焦っていたのだろう。安心させるために頭を撫でてやると、九門は手の甲で涙を拭いながら、ほっとしたように笑みを浮かべた。
「すみーさんはすぐに元気になったのに、天馬さんは中々起き上がらないから俺心配で……」
「のぼせただけで心配しすぎ。運ぶの手伝おうか?」
「いや、大丈夫だ。このまま抱えていく」
 幸にそう言いながら、十座は天馬の膝裏に腕を滑り込ませ、もう一方の腕を首の下に固定すると力を込めて一気に立ち上がった。「うっ」と天馬が小さく呻く。
「わー、ヒョードルさっすがー!」
「十ちゃん、王子様みたい」
 一成と椋から感嘆の声が上がった。
「兄ちゃん、これ天馬さんに」
 九門が先ほど十座から受け取ったジャージを、今度は天馬の露になっている上半身に掛けてくれた。その拍子にまた天馬の瞼が開き、瞳が少し揺らいだあと、今度はしっかりとした視線を十座の方へ向けた。
「天馬、苦しくないか? いまから部屋に行くからな」
 十座の呼び掛けに天馬が僅かに頷く。そして、すがりつくように両腕を十座の首に巻き付けた。
 まだ湿り気を帯びた素肌に触れ、その熱さに十座はたじろいだ。あまりに突然のことで全身から力が抜けそうになる。天馬を落とさないようにぐっと腹に力を入れた。
「十座さん」
 掠れた声がどこか艶かしく、名前を呼ばれただけで頭がくらくらする。洗いたての髪の香り、耳朶にかかる浅い呼吸、腕に抱いた繊細な体、それらすべてが十座の理性を試している気がした。
 夏組メンバーにこの気持ちを悟られるのが恐ろしい。一刻もはやくこの場を立ち去りたかった。九門に頼んで廊下に続くドアを開けてもらうと、ちょうど三角が戻ってきた。
「お水、持ってきたよ~。天馬、平気? 俺のせいで天馬が倒れちゃってごめんね……」
「俺が見てるから大丈夫っすよ」
 三角があまりにも悲しそうな顔をしているので、十座は弟の九門を宥めるような口調で言った。その言葉に三角も安堵したらしく、
「そうだね。十座に看病してもらったら天馬もすぐ元気になるよね」
 と弾けるような笑みこちらに向けてきた。その三角の顔を真っ直ぐ見返すことができず、十座はぱっと目を反らした。やましさでジクジクと胸が痛い。
「じゃあ、俺の部屋に連れていきます」
 三角からペットボトルの水を受け取り足早に廊下へ出る。脱衣場よりも空気が涼しい。十座は冷静さを取り戻し、天馬を自室に運ぶことだけに集中した。
「十座さん、悪いな」
「無理に話さなくていい。つらいだろ」
 天馬の体調を気遣うために言ったが、耳元で囁かれると自制心が崩れそうになるので、つらいのは主に十座だ。
「ん……十座さん、甘いにおいがする」
 天馬はそう言いながら猫が飼い主にするように、十座の首筋に顔を擦り付けた。九門は体調が悪いといつもより幼くなるが、天馬もその傾向があるらしい。リーダーとして夏組を引っ張り、人気俳優として活躍する天馬は滅多に弱音をはかないので、こういうときに甘えてくれるのは嬉しい。
 しかし、邪な心と必死に戦う必要がある。
「さっき食べてた菓子だな。元気になったら一緒に食うか」
 十座が訊くと天馬は小さく首を縦に降った。
 限定商品が売っているコンビニの場所を思い出しながら必死で気を紛らわす。もうすぐ部屋に着く。部屋に着いたら―二人きりだ。
 まだ終わらない試練に十座はため息をつき、このときばかりは万里が部屋にいて欲しいと心から願った。

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