声
一成から送られてきた写真を見て思わず声が出そうになった。
海の家で店員をしている十座さんが水着を着た女性たちに囲まれて、爽やかな笑顔でかき氷を渡している姿が写っている。
あの強面の十座さんが、こんな無防備な顔で笑うなんて。オレと一緒にいるときはいつもしかめ面で黙ったままなのに。
「天馬くん、その人すっごくかっこいいね。モデルさん?」
視線を手元のスマホから正面に戻すと、メイクの女性と鏡越しに目があった。どうやら十座さんの写真が見えてしまったらしい。
「同じ劇団の人」
「それ海の家だよね。バイトしてるの?」
「さぁ、そんな話は聞いてない。海に遊びに行くとは言ってたけど」
「いいなぁ。私は今年まだ一回も海に行けてないよ」
「オレもだ」
「天馬くん忙しいもんね。でも学生のうちは遊ぶことも大事だよ~」
これは彼女だけでなく、大勢のスタッフから言われていることだ。
学生時代を仕事に費やすのは、オレにとっては当たり前のこと。気を抜くと、あっという間に同世代の俳優に仕事を奪われてしまう。
ただ、最近は少し考えが変わってきた。
遊びも仕事も、バランスよく楽しめるようになりたい。そう思えるようになったのは、劇団に入団して、切磋琢磨できる仲間と出会えたからかもしれない。
メイクが済んだあとは収録が始まるまで楽屋で待機となる。一人になれる貴重な時間だ。収録まで余裕がある場合、いつもは台本を頭に入れる時間に宛てているが、今日は集中できそうにない。
もう一度スマホを開いて送られてきた写真を確認する。
十座さんはパーカーを着ていて、上半身は隠れているが、それでも普段から鍛えている体格の良さはきっと目立つだろう。女性たちからモテるのも当たり前だ。
スマホが振動して、また一成からのLIMEがきた。
『夏の海マジやばたんで楽しすぎ♪ お仕事中のテンテンにカズナリミヨシからイケメン店員ヒョードルの激レア写真プレゼンツ☆』
相変わらず片仮名ばかりで読みにくい。返信の文面を考えている間にもスマホは振動を続け、オレは既読スルーすることに決めた。
『ヒョードルめちゃモテでウケる~!』
『小動物系肉食女子から超爆乳系イケイケお姉様までヒョードル目当てなんだけど』
『あ、おみみのエプロン姿もめちゃキマってるから送るねん』
『あとこれはむっくんと俺の激かわ夏組ツーショ』
『テンテンまた一緒に来ようね~』
オレに気を使ってくれるあたり一成らしい。
それにしても、あの十座さんがこんなに人気があるなんて驚いた。いや、強面だけれど整った顔立ちをしているから、睨まなければ女性受けするのかもしれない。現に写真の十座さんの笑顔は魅力的で、一成にちょっと感謝したいくらいだ。
海で女性に囲まれている十座さんを想像しながら、数日前の会話を思い出す。
「海、天馬も一緒に行くか?」と十座さんに誘われたが、その日はバラエティ番組の収録が入っていた。「仕事なんだ」と断ったときの十座さんは相変わらずの無表情で、たったひと言「そうか」と言っただけ。
一緒に行きたかったオレはちょっとむっとしてしまった。少しくらい残念がってくれてもいいのに。
それから十座さんとは気まずくて話していない。今朝も出かける姿をちらっと見ただけで、話しかけるタイミングを逃してしまった。
せっかくの夏休みなのに、十座さんと気まずいまま終わるのは嫌だ。オレが勝手に不機嫌になっているだけだから、こちらから電話なりLIMEなりすればいいのだけれど、なんだかそれは癪に障る。
どうしようかな、とスマホを弄りながら悩んでいるとまたスマホが震えた。きっとオレの既読スルーが気にくわない一成が電話をかけてきたのだろう。
「一成、オレはいまから収録なんだよ。話があるならまた後でかけてくれ。じゃあ……」
『……天馬』
あれ、と思ってスマホの画面を確かめると『十座さん』と表示されている。しまった、と思ったがもう遅い。
「悪い、十座さん。一成だと思ったんだ」
『いや、俺のほうこそ収録前に電話して悪いな。その、ちょっと気になって』
「なにが?」
『三好さんが天馬に俺の写真送ったって聞いて』
なんだ、そんなことか。
てっきりここ数日間の妙なわだかまりについてなにか言ってくるのかと思った。
「あぁ、かき氷売ってる写真が送られてきた。十座さんがあんなに笑顔になれるなんて知らなかった。女性にも怖がられないで大人気みたいだし、ちやほやされて楽しいだろ。普段男ばっかの劇団だしな。そんなこと気にしなくて別にいいよ」
『俺はお前と一緒に来たかった』
さらりと言われてスマホを握る手に力がこもった。
『天馬は海が嫌いなんだろ?』
「別に嫌いじゃない」
『そうなのか? 誘ったとき乗り気じゃなかったからてっきりそうだと……』
「あれは、そういう意味じゃない」
本当は十座さんに誘ってもらえて嬉しかった。
予定が会えば絶対に一緒に行っていた。
人混みは苦手だけれど十座さんが傍にいれば安心だし、帽子やサングラスで顔を隠せばオレが皇天馬だとバレることはない。
十座さんと海に行きたかった。それが、なんで海が嫌いってなるんだよ。
「あれは、オレが行けないって言ったときの十座さんの反応が薄かったから、ふてくされたというか、なんというか……」
『もしかして、最近様子が変だったのはそのせいか?』
「あ、あぁ」
『そうか。勘違いさせて悪かった』
「いや、オレも態度が悪くてごめん」
そうだった。十座さんは喜怒哀楽の『怒』以外の感情表現が苦手で、楽しいのか嬉しいのか表情だけで分からないときがある。つまり、あのときの「そうか」は十座さんなりに残念がってくれていたということだ。
『海、嫌いじゃないのか?』
「嫌いじゃない。でも、十座さんがあんな笑顔を誰でもかれでも振りまくのは、なんか、嫌だ」
『俺が担当したお客が泣いちまって、臣さんから笑顔で接客しようなって言われた。臣さん、目が笑ってなかったからやべえと思った』
さすが臣さん。十座さんの強面を崩すにはあの人ぐらいの圧が必要らしい。オレにはまだ無理だ。
「はは、十座さんも臣さんには勝てないな」
『無理に笑ってるから疲れる。まぁ、そういうことだから勘違いするなよ。別にモテてねえから』
「はいはい、分かったよ。十座さん」
『なんだ?』
「電話、ありがとう。海、一緒に行きたかった」
『あぁ、俺もだ』
電話の向こうから楽しそうにはしゃぐ声が聞こえる。
匂いなんて感じられないはずなのに、海で食べる焼きそばやとうもろこしの香ばしい匂いが漂ってくる気がする。
呼び込みで叫んでいるのは一成か、シトロンさんか。きつい日差しで熱せられた砂や、あちこちに点在する色鮮やかなパラソル、そして気だるげに海に浮かぶ人たちが目に浮かぶようだ。
監督の「カレー足りる?」なんて声も聞こえる。あの人、海の家でもカレー作ってるのか。
『天馬』
十座さんの声のトーンが変わった。
それはいつもより低い、耳に優しく響いてオレを包んでくれる声。万里さんと言い合っているときの棘のある声でも、発声練習するときの張りのある声でもない、オレだけが知っている十座さんの声。
『収録、頑張れよ。俺たちも夕方には帰る』
「ありがとう。十座さんも笑顔の接客、頑張れよ」
十座さんが大きなため息をついたのが分かった。
電話を切ると、タイミングよく楽屋の扉をノックす音がして、「皇天馬さん、スタジオ入りお願いします」と番組スタッフの声がした。ここ数日間のもやもやした気持ちも解決したから、いつも以上に集中して収録に挑めそうだ。
楽屋を出る前、忘れないうちに一成から送られてきた写真を保存する。
いったいどんな顔をしてオレの名前を囁いてくれたんだろう。
先ほど聞いた海辺の騒音の名残が耳奥でゆるやかに甦り、十座さんの柔らかに響く声と混ざりあって、オレはまるで波に揺られるような心地がした。
たぶん今まで書いた兵皇の短編のなかで一番改稿している話だと思います。
今回もサイトに収録するために少し書き直しました。