夏秋合宿

 こんなに青く透きとおった空を見るのははじめてだ。
 十座は、海辺へと続く道を歩きながら、目に焼きつけるようにじっと空を見上げた。一羽の白い鳥がゆっくりと気持ち良さそうに飛んでいる。
 夏組と秋組の団員たちが漁船で無人島に到着したのは昨日のこと。合同合宿は一転してサバイバル生活となったのだが、各々協力すればなんとかなるものだ。食料はもちろん現地調達で、十座は臣と一緒に果実を収穫した。一方、海で釣りをしているという万里と天馬は、昼食になっても戻らず、本日の収穫ノルマを達成した十座が二人を呼びに行くことになった。
 海が近づくにつれて、湿った風に潮の匂いが混じる。
 二人は海岸線から突き出た崖のあたりで釣りをしているらしい。漁船に乗っていたときに見えた場所だとしたら、浜辺に沿って歩いていればすぐに分かるはずだ。
 キャンプ地から続いていた草地が途切れると、目の前に白い砂浜が広がった。太陽の日差しが海に溶け込んで海が銀色に光っている。
 あまりの眩しさに十座は顔をしかめた。
 少しでも日差しを遮ろうと手を顔にかざすと、皮膚がじりじりと焼けるような感覚に陥った。
 砂浜へ一歩踏み出す。歩く度に靴に細かい砂が入るが、立ち止まると暑さで二度と動けないような気がして、そのまま歩き続けた。
 あたりを見回すと、釣り道具と青いプラスチック製のバケツが放置されていた。二人を見つけるのに崖まで行く必要はなかったようだ
「こんなところで、なにやってるんだ?」
 十座が訝しげに声をかけると万里と天馬が同時に振り向いた。二人とも顔中砂だらけだ。
「見て分かんねぇのかよ。どっからどうみても砂の城だろうが」
 そう言いながら、万里が無人島の砂浜には似つかわしくない砂の造形物を誇らしげに指差した。
「そんなもん見たら分かる。もう昼なのになにやってんだってことだよ」
「あぁ? 昼当番は俺たちじゃねえだろ。お前こそちゃんと食えるもん獲ってきたのかよ」
「てめえ、馬鹿にしてんのか」
 十座が万里の胸ぐらを掴もうとすると、「二人とも喧嘩するなよ!」と天馬が間に割って入った。
 砂で汚れた手で触るのを十座が嫌がるとでも思ったのだろうか。天馬が、十座ではなく万里のシャツの袖をつかんだのを見て、なぜかとても嫌な気持ちになった。
「オレは仕事以外で海にほとんど来ないし、人目があるから砂浜で遊んだこともなくて……万里さんが砂の城を作ったことがあるって言うから、一緒に作りたいってオレが万里さんに頼んだんだ」
 悪戯がバレた子どもが親に言い訳するように天馬が言った。
 砂で作られた城に目をやると、土台から中段あたりまでは均整のとれた形になっている。細かい煉瓦模様のバルコニーや二つの塔を繋ぐ橋などは、おそらく器用な万里が作ったのだろう。一方、天馬が手を加えた思われる尖塔や小さな窓はいくらか不恰好だ。
 十座は幼いころに椋が作った砂の城を思い出して胸が痛んだ。
「なかなか上手くできてるな」
「だろ? 土台は万里さんが作って、このあたりはオレが作った」
 天馬が砂に掘った窓や模様を指差しながら嬉しそうに言った。
「鯉のぼりもだけど、こういうの作るとつい夢中になるんだよな。もうほぼ完成だし帰るか? 腹も減ったし」
「臣さんの昼メシはもうできてる。だから呼びに来た」
「お前、そういうことははやく言えよ!」
 万里が悪態をつきながら釣り道具とバケツを取りに行くと、残された十座と天馬は黙ったまま砂の城を眺めた。
 規則正しい波音は、遠くから聞こえる分には耳に心地いいが、湿った風が吹く浜辺では、その単調さが息苦しい。
「この城も明日には崩れてなくなるだろうな」
 天馬がぽつりとつぶやいた。首筋のあたりがじりじりと焼けるように熱い。「また作ればいい」とは言えなかった。
「十座さんは砂の城を作ったことあるのか?」 「いや、ないな」
「椋はありそうだな。お城とか王子様とか大好きだろ」
「あぁ、ガキのころ一緒に行った海で作ってた」
 その城も、嵐で崩れないように守ろうとしたが結局流されてしまった。指の隙間から逃げていく砂の感触をまだ覚えている。椋に申し訳なくて、去年ようやく謝ることができるまで、十座の胸には苦い後悔が残った。
「今度は十座さんと作りたいな」
 頬や額に砂をつけた顔で天馬が笑った。そして、「もちろんこれよりもっと大きいやつ」と内緒話をするように十座に耳打ちした。天馬から海の匂いがする。
「崩れてもいいのか?」
「そしたらまた作ればいい。何度でもやり直せるし、どんな形にでもできるんだから」
 十座の問いに天馬が明るく答える。
 自分が言えなかったことをさらりと言ってしまう姿が太陽のように眩しい。その言葉に、天馬の強さが表れている気がした。
 「万里さんが呼んでる。行かないとな」
 名残惜しそうに砂の城を振り返って天馬は歩きだした。十座も促されて隣を歩く。砂浜に二人分の足跡が残る。砂の城と一緒に、いずれは足跡も波にさらわれてしまうだろう。
 雲ひとつない、晴れわたった空を見上げると、二羽に増えた白い鳥が深い森の中へ消えていった。

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