教えて、十座さん

 下校中のことだった。
 誰かに呼ばれたような気がして振り向くと、セーラー制服を着た女子学生が十座を見上げていた。その顔は緊張で強張っている。
 両肩に垂れている三つ編みは、丁寧に結ばれており、砂糖をたっぷりかけた編み込みパンを思わせた。制服にも乱れたところが見当たらない。学ランのボタンをすべて開けている十座と比べると、ずいぶん上品な佇まいだ。おそらく欧華高校の近くにある女子校の生徒だろう。太一が「あんな可愛い子達と一緒に勉強したいッス」と騒いでいたのを覚えている。
「俺になんか用か?」
「あ、あのっ……」
 十座の鋭い眼差しに射抜かれて少女の肩が震えた。自分に威圧感を与えることはよく分かっている。目付きの悪い顔によく響く低音の声。女子校育ちのお嬢様ならなおさら恐ろしいはずだ。
 では、なぜそんな怖い思いをしてまで声をかけようなどと思ったのか。きっといつもと同じ理由だろうと十座は予想する。
「す、すみません……実は私……その、」
 いまにも消えそうな儚い声と対照的に、胸元には手紙をしっかりと握りしめている。なるほど、と合点がいった。
「あぁ、天馬に渡せばいいのか?」
 同じ劇団である十座と天馬が一緒に登下校するのはよく知られているらしい。太一も含めた三人で寮まで帰宅する道中、遠目に見られていると感じるときがある。
 特に、人気俳優である天馬になんとか近付きたいと思っているファンは多い。しかし、声を直接かけるには気が引けるのだろう。こうやって、十座や太一が一人でいるときを狙って手紙を渡してくるのだ。
 太一は断っていると言っていた。理由を尋ねたら、「愛の告白は直接するのがマナーッスよ」と真剣な顔で独自の恋愛論を語られた。確かにそれも一理ある。自分の想いを、相手にそのまま伝えるほうがどんなにいいか。
 けれど、それをできない人間だっているのだ。
「あ、ありがとうございます。この手紙、皇くんに渡してくれますか?」
 おずおずと手渡された手紙を受けとる。薄いキラキラとしたラメが光っている白い封筒の表面に、丁寧な文字で『皇天馬様へ』と書かれている。
 十座が手紙を受け取ったことを見てとると、女子学生は「ありがとうございます」を連呼しながら小さな頭を何度も下げ、あっという間に走り去ってしまった。ずっと俯いていたので顔はよく見えなかったが、背が低くて華奢な姿はいかにもお嬢様という感じだ。天馬の横に並ぶとさぞかしお似合いだろう。
 十座は手紙を鞄に入れ、毎回のことながら罪悪感で申し訳ない気持ちになった。
 
 
 夕飯を終えて自室に戻ると、タイミングを見計らったように天馬からLIMEが届いた。
『十座さん、今夜自主練できるか?』
 さっきまで一緒に食事をしていたが、自主練を知られたくない十座に気を使ったのだろう。年下なのにこういう気遣いができるのは流石だと思う。
『大丈夫だ』
『ありがとう。台本の読み合わせに付き合ってほしい』
『こっちの部屋に来るか?』
 なにも考えずに返信してからすぐに後悔した。
 下校中に受け取った手紙はまだ鞄の中に入れてある。先月、別のファンから受け取った手紙は引き出しの中だ。これまで預かってきた何通もの手紙を、十座は天馬に渡すことができないでいる。
 どの手紙も封は開けていない。内容は読まなくても分かる。
 なぜ、自分宛ではない手紙を持ったままにしているのか。
 どうして、天馬に渡さないのか。
 その理由を十座は知っている。
『いまからそっちに行く』
 天馬からの返信を確認して十座はため息をついた。同室の万里は夕飯を終えても戻って来ない。おそらくいつものように至の部屋でゲームをしているのだろう。
 天馬と二人きりになるのが気まずい。
 恋愛感情として天馬が好きなのだと気づいたのは、はじめて手紙を渡されたときだ。天馬に渡して欲しいと頼まれて、なんとも言えない嫌な気持ちになった。はじめて芽生えた嫉妬の感情は、抱えきれない重さで十座にのしかかった。そんな自分から目を逸らすように、受け取った手紙を誰にもみつからない引き出しの奥に隠してしまった。
 自分は天馬に気持ちを打ち明けることはできない。男だから、いまの関係を崩したくないから、天馬に迷惑をかけたくないから、と言い訳を並べたてて、なにもできないでいる。直接は無理でも、手紙で想いを伝えられる彼女たちが羨ましかった。
「十座さん、入るぞ」
 部屋に入ってきた天馬は、当たり前のように十座の隣に座った。渡された台本をパラパラと捲る。すぐに読み合わせをすると思ったが、天馬はスマホを取り出してじっと画面を見つめたままだ。
「天馬、読み合わせは……」
「これ、一成がネットで見つけた」
 天馬が手にしているスマホの画面には、三つ編みの女子高生と十座が写っている。カメラをズームにして撮ったのか全体的にぼやけているが、間違いなく今日の昼間に手紙を受け取ったときの写真だ。写真のなかでも彼女は華奢な背中をしている。
「どうして、この写真が……」
「一成が教えてくれた。最近こういう隠し撮りがネットで出回ってるらしい。劇団が広く知られるようになって、追っかけみたいなファンが増えたんだろう。専用のスレッド? だかなんだか……とにかく、十座さんも気をつけろよ」
「あ、あぁ……」
 気をつけろよ、と注意されてもどうすればいいのか。喧嘩を売ってくるチンピラは別として、声をかけてくる人間を片っ端から無視することはできない。
「下校中に告白されるなんて、やっぱり十座さんはモテるんだな」
 じっとこちらを見ながら天馬が言った。
「いや、これは違う」
「違うって、なにが?」
 天馬の勘違いを正すためには、本当のことを言わなければならない。彼女は天馬のファンで、直接話す勇気がなくて十座に声をかけたこと。十座が手紙を受け取り、それはまだ鞄の中に入っていること。こういうことは今回がはじめてではないこと。そして、手紙を渡さなかった理由も。
「道を訊かれただけだ」
「この制服、近所の女子校だろ。なんでこんな近所で迷うんだ?」
 下手な嘘でさらに自分を追い込んでしまった。
 もう正直に言うしかない。
「手紙を預かった。まだ鞄の中にある」
 取りに行こうと腰を浮かした途端、天馬にジャージの袖を引っ張られ立ち上がることができなかった。
「わ、わざわざ持ってこなくてもいいだろ」
「いや、そうはいかねえだろ」
 あの手紙は天馬宛なのだから渡さないわけにはいかない。袖を握ったままの天馬の腕に手をかけて、できるだけ優しく引き剥がそうとする。しかし、天馬はなかなか手を離してくれない。
「天馬……」
「手紙なんて読みたくない。それよりも、教えて欲しいことがあるんだ、十座さん」
「……なんだ?」
「その……告白されて、嬉しかったか?」
 一瞬、なにを訊かれているのか分からなかったが、どうやら天馬は勘違いしたまま、十座が告白されたと思い込んでいるようだ。どうやって誤解を解けばいいのだろうか。こんなに自分の口下手を歯がゆく思ったことはない。
「嬉しくはねえな」
 天馬のことが好きなのだから。
 自分が告白されるのも、天馬が誰かと付き合うのも嬉しいことではない。心が狭いな、と自分で呆れてしまう。
「誰か、好きなやつでもいるから?」
 袖をぎゅっと握る力が強くなる。俯いた顔は、どんな表情をしているのだろう。鮮やかなオレンジ色の髪をそっと触り、十座の片手におさまるほど小さな頭を引き寄せる。
 抵抗するかと思った。しかし、天馬は十座の腕のなかで身じろぎもせず黙っている。
 ありえない速度で鳴る心臓の鼓動が聞こえるだろうか。好きな相手がこんな近くにいる。触れて、抱き締めることができる。なんて幸せなことだろう、と十座は泣きそうになる。
 いままで預かった手紙はきちんと天馬に渡そう。そして、自分の気持ちを伝えよう。
 今日と明日で二人の関係が変わってしまっても、天馬が口を聞いてくれなくなっても、自分の想いを直接伝えたい。
 はじめて舞台に上がったときのような恐ろしさが足から這い上がってくる。
 どうか、声が震えませんように。十座は大きく深呼吸をして、ずっと伝えたかった言葉を天馬の耳元にささやいた。

十座、天馬のことが好きすぎて思い詰めた結果、「天馬のために告白はしない」とか言いそう。
そんなのはつらすぎるので十座から告白するお話を書きました
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