身長
O高のモブ視点です。
意外に達筆だな、と学級日誌の『今日の日直』の欄に記された名前を見て思った。
「げーのーじんってさぁ、バカそうじゃん」なんて言ったのは元カノだったか。それとも、その前の彼女だったか。嫌なこと言う女だと辟易した覚えがあるのに、芸能人だから字が汚い、と俺も心のどこかで変な先入観を持っていたらしい。
人を外見で判断してはいけません。
道徳の教科書に太字で書いてあったけれど、頭で理解するのと、こうやって実際に自分の中にある無意識の偏見に気づくのとでは大違いだ。
「今日の一、二限目ってなんの授業だったんだ?」
俺の机に椅子を寄せて黙々と日誌を書いていた皇が顔を上げた。
うわ、睫毛なが。
肌つるつるじゃん。
俺なんて顎ニキビがでまくってるのに。なに食ったらそんなきれいな肌になるんだよ。
教室の蛍光灯は乱暴な明るさで思春期の汚い肌を照らす。女子が休み時間になるたびに鏡ばっかり見ているのはそのせいだろう。
でも、皇の顔はテレビの画面からそのまま取り出したみたいに整っていて、あまりの造形美に羨ましいなんて思うことさえおこがましい気がする。
「あぁ、お前今日遅刻したんだっけ。一限は古典で二限は数Ⅱ」
「了解、ありがとな」
律儀に感謝されてなんだかむず痒い。
二年に進級して掲示板に張られたクラス分けの用紙を見たときは驚いた。
まさか売れっ子俳優と同じクラスになるとは思わなかった。一生分の運をほとんど消化してしまったかもしれない。
どうせ噂どおり高飛車で嫌なやつなんだろうなと思っていたら、予想に反して皇天馬は人気俳優らしからぬある種の親しみやすさがあった。
「ちなみに古典は来週小テストだってさ」
「それは嬉しくない情報だな」
と言って眉をひそめる。
「また補習だな」
「うるさい」
口では不機嫌そうでも本気で怒ってはいない。
こういうところが親しみやすい、というより弄りやすい。
最初は遠目に眺めていたクラスメイトも、数ヶ月経つと皇と軽口を叩いたり冗談を言い合ったりするぐらい距離が縮んだ。
今日だって日誌なんて適当に書いておけばいいものを、きっちり教科ごとの授業内容まで書くぐらい変に真面目だし、やっぱり噂は当てになんねえなと思う。
「あ、下の『本日の出来事』は俺が書く」
「いいのか?」
「なんのために日直が二人もいるんだよ」
言われてようやく気がついたらしく、「たしかにそうだな」と一人で納得している。
もし俺が用事があるからと言って先に帰っていたら、皇は全部自分で書くつもりだったんだろうか。
「日誌なんて適当に書いていんだぞ」
俺が言うと、
「じゃあ、お前が日直サボるつもりだったって書いておく」
「いや、それはやめろ」
「ふっ、冗談だ」
と口の端で笑った。
その顔が妙に艶っぽくってどきっとした。
なんだか急に落ち着かない気持ちになる。
「なぁ、さっさと終わらせて帰ろうぜ。俺、この後デートなんだよね』
他校の彼女とは付き合って一ヶ月になる。
駅前にできたカフェでオープン記念の特大パフェを食べたい、とLIMEがきていた。
「彼女いるのか?」
「あぁ、めっちゃ可愛いよ。写真みる?」
とスマホのカメラロールを開いてすぐに後悔した。
アイドルや女優を見慣れた皇からしたら、たぶんそんな可愛いくないだろうから。
「へぇ、可愛いな」
「マジ? いや、俺からしたら超可愛いんだけどさ。皇みたいに目が肥えてるやつに言われるとちょっとびっくりするっていうか……」
彼女よ、喜べ。
最年少で新人賞を獲った俳優がお前のこと可愛いってさ。
これは今日会ったときに絶対伝えなければいけない。
「オレから見ても可愛いよ。背も小さくて、小動物みたいだ」
「だろ? 本人は身長が低いのがコンプレックスみたいなんだけど、俺からしたらちっちゃくて可愛いって思う」
「やっぱりそういうのが好みなのか?」
「そういうのって?」
思わず質問に質問でかえしてしまった。
「その……小さくて、かわいらしい感じが……」
「あー、たしかにそういう感じの子が好きと言えば好きな気もするけど、だいたいの男はそうじゃね?」
小さくて、かわいくて、わがままで。
甘いものが好きと言ったそばから、最近太ったからダイエットすると宣言し、次の日には生クリームがたっぷりのったフラッペを飲む。
その矛盾すら可愛い。
こんなことを言ったらひんしゅくを買うに決まっているけれど、女の子はちょっとバカなほうがいい。
全部が演技で、彼女の掌で踊らされていたとしても、庇護欲が満たされれば男は満足するのだ。
「そうだよな、やっぱり小柄な子のほうがかわいいよな」
「なに、好きなやつでもいんの?」
「ばっ……そんなわけないだろ」
顔が真っ赤だ。
俳優のくせにごまかすのが下手すぎる。
「ふーん、まぁ、どっちでもいいけど。皇は背も高いし顔もいいんだから女の子選び放題だろ」
共演した女優を片っ端から食っているとかアイドルと付き合ってるとか、そんなくだらない噂も耳にするけれど、うつむいた顔が耳まで赤くなっているのを見ると、たぶんすべてデマなんだろう。反応があまりにもピュアすぎる。
「背が高いのが問題なんだ」
「えっ?」
「あ、いや、なんでもない」
背が高いのが問題ということは、皇が好きな女の子はモデル級に身長が高いのだろうか。
どこの雑誌に出ているモデルだろうか、最近ハマって観ているリアリティショーに出演してるかな、インステ好きの彼女に訊いてみようか、と我ながら悪趣味なことを考えていると教室のドアがガラリと開いた。
「天馬、終わったか?」
うわ、兵頭十座じゃん。
近くで見ると迫力が半端ない。
「十座さん、悪い。もうすぐ終わるから……あれ、太一は?」
「幸と買い出しの約束があるらしくて先に帰った」
「そっか……」
皇はどこか戸惑っている様子だ。
そりゃそうだ。
最恐ヤンキーと怖れられている兵頭十座と二人きりで帰るのはさぞかし緊張するだろう。
しかも、待たせたとあっては喧嘩っ早い男の機嫌を損ねかねない。
「皇、あとやっとくから先に帰れよ」
「えっ、でも……」
「いいから」
さっきから兵頭十座の俺を見る視線が鋭いのはきっと気のせいじゃない。大型犬が不法侵入者を威嚇するような威圧感を感じる。
怖すぎるから早くその番犬を連れて帰ってくれ。
「悪いな」
と言って教室を出ていく皇を目だけで見送ると、ドアを閉める間際に兵頭十座がぺこりと頭を下げた。
俺もあわてて頭を下げる。
目が笑ってない。
俺はなんか気にさわることでもしたんだろうか。
噂にたがわぬ恐ろしさだ。
皇は大丈夫だろうか。
でも、あんな凶暴な雰囲気をまといながら、皇を見つめる顔は妙に優しかった気がする。
俺に対して厳しい態度だったから、余計にそう思うのかもしれないけれど。
なにかを遠くから見守るような、触れられないものに焦がれるような。
兵頭十座は上背があるだけでなく体格もがっしりしている。だから、横に並んだ皇が小さく見えた。
あれぐらいの身長差が一番キスしやすいんだよな。
顔を上げると上目遣いになって、めちゃくちゃかわいい。
意外にあの強面な兵頭十座も皇のことをかわいいとか思ってたりして。
人は見かけによらないから。
あー、はやく彼女に会いてえな。
俺は日誌の空欄を適当に埋めると、すぐにでも彼女の声が聞きたくて通話のアイコンをタップした。