許されないゲームオーバー
謝りたい友人がいる。
正確には、謝りたかった、だけれど。ただ一言、「あのときはごめん」と言いたかった。
高校生の自分はあまりにも愚かで臆病で、はじめてできた親友と向き合うことよりも、周囲から見下されないように必死で、そんな虚勢をはっている姿がいつか誰かに見透かされるんじゃないかって毎日怖かった。
チガは俺のことを信じてくれたのに、俺はすぐ近くにあった大切なものに気づけなかった。
自分のことだけしか考えていなかったから。
いつか再会できたら、ちゃんと謝ろうと思っていた。それが後悔からくるものではなくて、俺の自己満足だとわかっていても。俺が謝っても、チガにはなんの救いにもならないとわかっていても。それでも謝りたかった。自分が前に進むために。
つまるところ、俺は最後まで自分のことしか考えていなかったんだな、と数ヶ月ぶりにチガの顔を見て思った。
チガはびっくりするほどいつもどおりだった。劇団の専用劇場が火災に見舞われて公演が延期になったのに、弱音を吐くどころか、落ち込んだ様子もない。そんなチガの姿に俺はちょっと驚いて、すぐにがっかりした。
そもそもMANKAIカンパニーの最新公演をゲーム化する提案なんて、本当は監督に直接電話すれば済む話なのに、それでもチガを呼び出したのは、俺がチガの様子を知りたかったからだ。
チガに直接会って顔を見て、弱ってるなら励ましてやろう。俺の持ってきた提案を聞けば喜ぶはずだ。大変な状況でもチガを見捨てたりしない。以前のような友人にはもどれなくても、仕事でつながっていれば、チガをつなぎとめることができる。俺は今度こそ間違えない。
そんなことを思ってたのに、チガは拍子抜けするくらいいつものチガだった。
「元気そうでよかったよ」
別れ際にそう言うと、チガはあからさまに嫌そうな顔をした。
「お陰さまで」
皮肉たっぷりの口調も、イラッとしたときに片眉だけ下げる癖も、なにもかもいつもどおり。
一刻もはやく俺と別れたいと全身で訴えていて、だからこそもう少し引き止めたくなる。
「なぁ、チガ」
「なに」
「芝居って楽しい?」
「まぁね」
「……それってどれくらい?」
あの頃、俺と一緒にゲームしてたときより?
とは訊けなかった。
「うーん……芝居ができなくなったら人生退屈だなって思うぐらいには?」
「なんで疑問形なんだよ」
「芝居する日常に慣れすぎて、できなくなるなんて考えたことなかったから」
「めっちゃハマってんじゃん」
「ゲームはいくらでもコンティニューできるけど、その日の舞台で見せる芝居は一回きりだから。あの感覚はハマるよ」
「ドライなチガらしくねぇな」
「お前に言われたくない」
もうこれ以上チガを引き止める理由もなくて、じゃあな、と駅前の雑踏に消えていく少し猫背の背中を見送った。
チガはいつだって俺のことを振り返らない。
前にしか進まない。
そんなチガに俺はきっと一生追いつけない。
当たり前だ。
仕事でやりたいことをみつけても、俺のなかではいつだってあのとき傷つけたチガの顔がちらついて、その姿から逃げるように生きている。逃げている人間が、前を向いて進む人間に追いつけるわけないのだ。
壊してしまった過去は変えられないけれど、謝ってすべてをリセットすれば、未来はまた新しく作れるんじゃないか。
そう思ったこともあるけれど、やっぱり謝る日はこなくていいといまは思う。
どちらかが謝ったらそれはゲームオーバーだから。
だって、俺とチガが、リセットされた関係をもう一度作り直すなんて器用なことできるはずがない。
俺はあの日の愚かさを抱えたまま生きるから、チガには前だけを向いてほしい。
これは贖罪とかなんかじゃない。
高校の教室で、いつも一人でぼんやり外を眺めていたチガと、本当はずっと友達になりたかった。その願いが叶って、夢みたいに楽しい時間を一緒にすごして、俺だけに笑いかけてくれるチガを閉じ込めておきたいと思っていた。
チガの笑顔も傷ついた顔も、俺のなかから消したくない、リセットなんてしたくない。
俺は大人になっても自分勝手で、もとに戻らない過去を手放したくないと思いながら、もう二度と大切なものは壊したくないと願っている。