ねえ、狂いそうだよ

2023年丞誕の至ボイスのネタバレあり。

「タン塩、うまいぞ。食わないのか?」
 顔の良い恋人が目の前で肉を焼いてくれる。
 たぶんこれって最高のデートだと思う。でも、今日はそうじゃないんだよ。こういうデートがしたかったわけじゃない。夜景がきれいでワインがおいしい、そういうレストランに行きたかった。まあ、肉に罪はないので食べますけど。丞の焼いた肉を食べられる。これも恋人の特権だし。

「食べる」
「ふてくされるのはやめろ」
「ふてくされてない」
「肉、うまいか?」
「うまい」
「じゃあ、機嫌なおせ」
「うう……俺の完璧なプランが……」
「まだそんなことを言ってるのか。この店に入れたんだから気にすることないだろう」
「気にするよ! だってあのレストラン、半年前から予約取ってたんだよ?! なのに水漏れで臨時休業ってどういうこと?! なんでよりにもよって丞の誕生日に?! 俺、こんなときだけ引き良すぎか。この引きはガチャのときだけでお願いしたい」
「おかげでうまい焼肉屋に入れたんだからいいだろう」
「そうだけど……この店だって丞が探してくれて……はあ、いまの俺、めちゃくちゃかっこ悪いな」
「お前がかっこいいときなんてあったか?」
「傷心の恋人にそういうこと言う?」
「ははは、冗談だ。茅ヶ崎はいつもかっこいいぞ」

 丞、酔ってるな。こういう素直なときはだいたい酔ってる。
 ビールのあとにチューハイを二杯頼んで、もうすぐレモンサワーを飲み終わりそうだ。
「それにこの店はお前が言ってた『どこかで一杯』するにはぴったりだろ」
「あれは……だって、びっくりさせたくて……」
「その気持ちだけで嬉しい。レストランはまた別の機会に行けばいいだろ」

 俺の恋人、優しすぎか。
 でもいまはその優しさがただただつらい。
 もっとちゃんとしたレストランで丞の誕生日を祝いたかった。
 いや、焼肉屋がちゃんとした店じゃないって意味ではないけど、誕生日に食事をするには大衆的すぎるというか。こういう店は他の団員や演劇仲間とも来るだろうし、特別感が薄い。俺としては、恋人同士でしか作れない思い出をプレゼントしたかった。
 まあ、柄にもなく力を入れすぎたせいで、失敗しましたが。恥ずかしくて消えてしまいたい。もうこれ黒歴史決定だな。

「よく表情の変わるやつだな」
「これは至らぬ己との静かなる対話です」
「それだけ口が回るなら元気な証拠だな。肉、まだ頼むか?」
「ううん。もうお腹いっぱい。あの……」
「なんだ」
「誕生日おめでとう。せっかくの誕生日なのにちゃんと祝えなくてごめん」
「別に気にしてない。それに十分楽しかった。茅ヶ崎の百面相も見れたしな」
「ひと言余計だよ」

 丞が楽しそうに笑っている。
 笑ってる顔、最高だな。この新規絵、保存していいですか。
 その心の声は、うっかり口に出てたみたいで、また丞に笑われる羽目になった。

 焼肉屋から出ると冷たい風が首元をかすめた。
 日中の日差しはあたたくなってきたがそれでも夜になるとまだ寒い。
「タクシーすぐにつかまるか分かんないよね。配車アプリ使ったほうがはやいかな」
スマホを取り出そうとしたら丞が手を握ってきた。そのまま大通りとは逆方向に歩き出す。

「寮に帰るんじゃないの?」
「茅ヶ崎の完璧なプランに、この後の予定は入ってなかったのか?」
俺たちが向かっている、繁華街を抜けた先はいわゆるそういうホテルが立ち並んでいた。

「え、あ、いや……入って……なかった……かな?」
「じゃあここからは俺のプランだ」
「ねえ、もしかしてこの店に決めたのって……」
「さあ、なんのことだか」
 丞がとぼける。
 ずるい。その顔はずるい。
 いつもは俺が丞に翻弄されているから、今日こそは俺が主導権を握りたかったのに。
 結局俺は丞には勝てない運命なのかもしれない。

「なんか言ったか?」
「恋人がかっこよすぎて狂いそうだなって」
「その言葉……最高の誕生日プレゼントだな」

 丞が喜んでくれるのは嬉しい。
 でもやっぱり悔しい気持ちもあって、俺は複雑な気分で丞の手を握り返した。

至ボイスの威力がやばすぎて勢いで書きました。
あのボイス、いったいなんだったのだろうか…記憶を消してもう一度あのボイスをはじめて聞いた衝撃を味わいたい…それぐらいびっくりでした。
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