星降る夜

同棲ifのお話です。

星降る夜

 ベランダの手すりに寄りかかりながら濃紺の空をじっと見つめていると、細い光がさっと夜空に走った気がした。
「あ、見えた」
 隣で同じように夜空を見上げている天馬が嬉しそうに光が消え去った方角を指さした。
「十座さんも見えたか?」
「あぁ、見えた。こんな街中でも見えるんだな」
「今夜がピークだって言ってたからな」
 夜のニュースで天気予報士が流星群について解説していたのが気になり、ダメもとでベランダから観測することになったのだが、どうやら運がよかったらしい。
 駅から離れた場所に建っているマンションを選んで正解だった。天馬といくつか見た物件の中で、値段も広さも最も希望に近かったが、周囲に街灯が少なく、夜になると人通りが少なくなるのが気になった。それを天馬に言うと、「元O高最恐ヤンキーのくせにそんなこと気にするのか」とぽかんとした顔で返されて、黙るしかなかった。
 とても天馬が心配だからと言える雰囲気ではなかった。
 結果、どちらも車移動が多く、夜も朝も関係ない仕事をしているから、街灯の少なさなど住んでみれば大したことではなかった。むしろ今夜のように星がよく見えるので、住環境としては悪くない。
「流れ星なんて久しぶりに見た」
「そうだな。俺も久しぶりだ」
 そう言って最後に見たのはいつだったか考えると、確かにどこかで見た気がするのにすぐに思い出せない。ドラマや映画の撮影でもない、プラネタリウムや旅行でもない。だとするといつだろう。
 考え込んでいると天馬も同じように記憶を辿っていたらしく、「あっ」と小さく呟いた。
「あの合宿以来かもしれない」
「合宿?」
「夏組と秋組でやった合同合宿。ほら、あの無人島で」
 天馬が懐かしそうな顔をして言った。
「あぁ、あれか。じゃあ、俺もその合宿以来だな」
「十座さんも?」
「ずっと思い出せなかったんだが、たぶんそうだ」
 二人ともまだ劇団に入ったばかりのころだ。合宿に連れて行かれた無人島にはもちろん街灯などなく、夜になると満天の星空をながめることができた。
 夜空に敷きつめられた光の隙間を縫うように何本も流れ星が生まれては消えていった。
 あれは何年前のことだっただろうか。
 十年……おそらくそれくらいは経っている。
「あの合宿はきつかった……」
 天馬が苦虫を噛みつぶしたような顔で言った。
「天馬は魚釣ってなかったか?」
「釣ってた。でもオレ全然慣れてなくて、結局万里さんに手伝ってもらった」
「あいつはそういうの得意そうだな」
「万里さんは基本なんでもできるから」
 天馬の口から他の男の名前が出ても動揺しない自分は、ずいぶん成長したと思う。
 出会ったころから天馬の周りはにぎやかだった。
 夏組のメンバーだけではなく、他の組の団員ともよく出かけていたし、自分と違って明るくよく笑う天馬を見て内心気後れしていた。
 知らないうちに天馬を目で追うようになった。一緒に自主稽古をするのが楽しみになった。九門が天馬について嬉しそうに話すと、胸の奥が締めつけられるように苦しくなった。そんな小さなことが積み重なって、自分は天馬が好きなのだと気づいたときの絶望感。
 報われないと分かっているのに、天馬への想いは強くなるばかりで、いっそのこと嫌いになれたらと思ったこともある。
 芸能人である天馬には生来の華やかさがある。一方、ガラの悪い自分は周りを惹きつけるどころか怖がらせるだけだ。
 天馬の隣にいたいと願うことすら間違いだと、そう思っていた。けれど、天馬はそんな十座を受け入れてくれた。
 嬉しくて、それ以上に申し訳なかった。
 自分はもう天馬を手放すことはできないから。
 太陽のような天馬に相応しい未来を、自分は与えることができないから。
 こうして一緒に住むようになっても、果たして自分と付き合うことが天馬にとっての幸せなのか、十座には確信が持てない。
「十座さん、ここにしわ寄ってるぞ」
 天馬が指先でぐりぐりと眉間を押してくる。
「またなんか変なこと考えてたんだろ」
 図星なのが恥ずかして、なにも答えずに天馬の手を取ると、指先だけでなく掌もひんやりと冷たい。
「冷えてるぞ」
「ずっと外にいたからな。そろそろ中に入るか」
「そうだな」
「流れ星、見れてラッキーだったな。あっ」
 部屋の中に入ろうとしたとき、天馬がなにかに気づいたように夜空を見上げた。
「どうした?」
「願いごとするの忘れた」
 十座も同じように空を見上げるが、無人島ならともかく、都会の真ん中で何度も続けて流れ星を見ることは叶わないだろう。
「なにを願うつもりだったんだ?」
「この幸せが続きますようにって」
 天馬の澄んだ眼差しがすべてを見透かすように十座を射抜く。
「天馬、後悔してないか?」
 一緒に住みはじめてから、いや、天馬とこういう関係になってずっと思っていたこと。小さな疑問は澱のようの胸の底にたまって、ふとしたときに溢れでる。こんな美しい星空の下で訊くべきことではないと分かっているけれど、もう遅い。
「なにを?」
「俺と一緒にいたら―」
「あぁ、もう。そういうの無しって言っただろ。オレが十座さんと一緒にいたいんだから、それでいいんだよ。それとも十座さんは後悔してんのか?」
「するわけねえ」
 静かなベランダに自分の鋭い声が響いた。
「じゃあ、それでいいじゃないか。オレの隣に十座さんがいて、十座さんの隣にはオレがいる。それだけだよ」
 十座さんは考えすぎだ、と天馬が少しすねたように言った。
 考えてもしかたがないことを考えてしまうのは不安だからだ。すくった砂が指の間からこぼれ落ちるように、いつかこの幸せが消えてしまうのではないか。
 天馬と一緒に過ごす時間が多くなればなるほど、失った瞬間を想像して怖くなる。
「流れ星、来年も一緒に見れたらいいな」
 天馬が冷たい指を絡ませながら言った。
 来年も、再来年も。
 願わくばこの幸せがいつまでも続きますように。
 十座は祈るような気持ちで天馬の手を強く握り返した。

BACK TO NOVEL