星降る夜

同棲ifのお話です。

STAY GOLD

―― いつだって、お前のことを見てた。
―― 好きだから、大切で、ずっと見守ってた。
 懐かしい台詞がテレビから流れてきて天馬は読んでいた雑誌から顔を上げた。
 十代のころに出演したドラマだ。
 天馬のシーンに続いて、主人公を演じる女優の顔がアップで映り、バックで花火が打ち上げられる音が重なった。
 ドラマのタイトルと一緒に『チャンネルはそのままで』というナレーションが流れる。どうやらこれから地上波で放送されるらしい。
 十年以上前に出演した作品がこんな深夜に放送されるなんて。あまり話題にならなかった作品だから感慨深い。
 せっかくなのでベッドからおりてソファーで観ようかと考えていると、シャワーを終えた十座がリビングに入ってきた。
「どうした?」
 ベッドの上で前のめりになっている天馬を見て不思議に思ったのだろう。
「昔出演したドラマがテレビで再放送されるからソファーで観ようかと思って」
「そっちからでも観れんだろ」
「まぁ、そうだけど」
 リビングとスライドドアでつながっている寝室には二人で寝ても十分な広さのあるベッドが置いてある。いちいち開け閉めするのが面倒で、来客があるとき以外はスライドドアを開けたままにしているので、ベッドに横になりながらリビングに置いてあるテレビを観ることができるのだ。
「どんなドラマだ?」
「オレが振られる話」
「あぁ、あれか」
 そう言って天馬の隣に座ると、そこが定位置のように肩の上に頭をのせてきた。
 洗いたての清潔な香りがする髪。顔を埋めてしまいたい衝動をぐっとこらえる。先ほどまで嫌というほど抱き合っていたのに、また身体の奥に熱がたまっていく気がする。
「十座さん、覚えてるのか?」
 夏の特別ドラマとしてテレビ局が力を入れて制作したのに低視聴率で終わった作品だ。ただ、ネットでやけに話題になったとは聞いている。見えないはずのものが映りこんでいるとか、奇妙な音が聞こえるとか。もちろん天馬はそんな非科学的なものに興味はないので、詳しくは確認していない。
「天馬が補習受けるはめになったドラマだろ」
 さらりと答えが返ってきて驚いた。
 同時に、十座もあの日のことを覚えてくれていたのかと嬉しくなった。
「休みなのに十座さんが高校まで付いてきてくれたんだよな」
「摂津に起こされてな」
「そうそう。十座さんすごい不機嫌だった」
 顔は見えないけれど十座が笑ったのが分かった。
 連日の地方ロケで登校できない日が続き、進級が危ぶまれる事態となり、撮影が終わってすぐ補習を受けることになったのだ。
 十座と一緒に登校していると、ファンの女性が無理やり天馬の腕をつかんできて倒れそうになった。彼女を睨んだ十座の引きつった顔をいまでも思い出すことができる。
 鈍感な天馬が、はじめて十座への気持ちに気づいたのは、あの日一緒に登校したからだ。
 倒れそうになるのを助けられて恋心を自覚するなんて、少女漫画のような展開だと笑ってしまうが、あの出来事がなければ付き合うことはなかったように思う。紆余曲折を経て付き合えたとしても、そこに至るまで途方もなく長い時間がかかっていただろう。
「あ、はじまった」
 海辺の街が映り、猛暑のなか撮影した記憶が蘇る。
「天馬、若えな」
「十七、いや十六かな? 懐かしい」
「母親役の人、この前現場が一緒だった」
「あぁ、あの人か。このときは母親役には若すぎると思ったけど、いまはそんなに違和感がないよな」
「いい人だった。差し入れの菓子もうまかったし」
 十座の人に対する基準は相変わらずスイーツで、「うまいスイーツをくれる人はだいたい演技がうまい」らしい。
 芝居は相手の気持ちを汲み取って配慮することも必要だから、あながち間違っていないのかもしれない。
 二人の両足が並んだ向こうで、十代の自分が高校の教室で授業を受けている。当時から体型には気を使っていたし、そんなに太っていたはずはないのだが、横顔がアップになると十代特有の頬の丸みが目立つ。
 こういう変化が気になるのは自分が年齢を重ねたからだろうか。
「不思議な感じがするな」
 十座がテレビの画面から目を離さずに呟いた。鼻にかかった声が眠そうだ。
「なにが不思議なんだ?」
「このドラマをいまこんなふうに天馬と観てるなんて、なんか信じらんねえ」
 それは天馬も同じだ。
 こんなに長い間一緒にいられるなんて、付き合ったばかりのころの自分には想像もできなかった。
 どんなにお互いを大切に思っていても、些細な誤解や勘違いから関係が壊れてしまうことは珍しくない。いまでこそこうして穏やかに過ごせているが、二人にも難しい時期があった。十座の隣にいられることが奇跡のようだと思う。
「十座さん」
 ん、と十座が顔を上げる。
 まだ少し湿っている前髪に触れるとくすぐったそうに目を細めた。腰に回された十座の掌が熱い。
「まだ足りねえか?」
 いたずらっぽい笑みを浮かべて訊いてくる。いつもならその笑顔に流されそうになるが、
「いや、もう無理だ」
 きっぱり答えると、十座があからさまに残念そうな顔をしたので苦笑してしまう。
「せっかくのオフなのに明日もベッドから出られないなんて嫌だ」
 久しぶりにお互いまとまったオフが取れて、旅行にでも行こうかと話していたのに、結局連日のようにベッドの上で過ごしてしている。
「俺は天馬と一緒なら家でもどこでもいいけどな」
 甘えるように言うから絆されてしまいそうになる。
 出会ったときより男としての魅力は増しているのに、こういうところは昔から変わらない。
 好きだな、と思う。
 十座のすべてが好きだ。出会ったころからずっと、彼に惹かれている。そして、これからも飽きもせず惹かれ続けるだろう。それは予感ではなく確信に近い。
「さすがにオレはそろそろ外出したい」
 天馬が言うと、十座の身体がのしかかってきて、そのままベッドの上に仰向けで倒れ込む。
「じゃあ、ゆっくり寝ないとな」
「寝かせてくれるのか?」
 言い終わらないうちに唇をふさがれて、厚みのある舌が口内に入ってくる。迷いのない愛撫を受け入れながら十座の背中に両腕を回すと、突然どーんと大きな音が聞こえて、びくりとなった。
 目を開けるとテレビの画面いっぱいに鮮やかな花火が咲いている。
 思いもよらない邪魔が入り、不満げに顔をしかめる十座をなだめるように、今度は自分からキスをした。

 きっと明日もベッドから出られないだろう。

サ兵皇の再録本に収録したお話でした。
「STAY GOLD」は「隣にいたい」のその後の二人をイメージして書きました。
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