遠い日の祈り

天馬の娘視点のお話です。十座はバイク事故で亡くなっています。

遠い日の祈り

 その日はわたしの十二歳の誕生日でした。
 とても幸せな気持ちで目を覚ましたのをおぼえています。
 朝起きて、顔を洗い、お手伝いさんが作ってくれたトーストを食べていると、いつものように母から電話がありました。
 ドラマや映画の撮影で自宅に帰れない日が続くと、母は決まって朝に電話を寄こすのです。
 なぜ朝なの、と訊いたことがあります。
 朝一番に大好きなあなたの声が聞きたいのよ、と母は言いました。わたしも忙しい母とゆっくり話せる朝の電話が大好きでした。
『お誕生日おめでとう。一緒に祝えなくてごめんね』
 母はとてもきれいな声をしていました。
あなたもそれはよくご存じですね。春風のように柔らかな声、と言われていました。声だけではありません。役を演じるたびに違った印象を与える顔つき、どんな衣装にも負けない立ち振舞い、どこを切り取っても母には他を圧倒させる力があり、女優になるために生まれてきた女性でした。
「ありがとう。こうやって話せるだけで嬉しいよ」
 大人びたことを言ったものです。
 本当は少し寂しかったのですが、母に甘えるのが難しかったのです。
 十二歳ですからね。
 なかなか素直になれないものです。
 実は、いまでもちょっと苦手です。素直になれないのは父譲りかもしれません。
『お父さんと出かけるんでしょう?』
「うん、一緒にご飯を食べて舞台を観に行くの」
『楽しそうね。また明日、くわしく教えてね』
 いつもの電話が終わり、わたしは食べかけのトーストを冷たいミルクで流し込んで、身支度に取りかかりました。
 前の週に父が誕生日プレゼントとして贈ってくれたワンピースを着て、母が選んでくれたエナメルの靴を履きました。大きなひまわりがたくさんプリントされたワンピースです。
 いまでも大切にしまってあります。
 お手伝いさんにはきれいに髪を結ってもらいました。
 準備が終わると、父の到着まで時計とにらめっこです。
 父は約束の時間ぴったりにやってきました。
「似合ってるな。まぁ、オレが選んだんだから当たり前か」
 玄関でくるりと回って見せると、父は誇らしげに言いました。
 わたし、そのときは気づかなかったのですけれど、きっとのあのワンピースは幸さんと一緒に選んだのではないでしょうか。なんとなくそんな気がします。だって、父の好みにしては大胆なデザインでしたから。
 父との関係ですか?
 そうですね、普通の、と言ったら語弊があるかもしれませんが、普通の父子関係とは少し違っていたかもしれません。
 わたしが物心ついたころにはすでに両親は別居していました。お互い嫌いになって別々に住んでいるのではなく、単純に生活スタイルが合わなくて一緒に住むのが難しかったのです。
 俳優という仕事はとても大変です。朝から晩まで、あるいは翌日まで撮影が続くこともあります。父も母も俳優の仕事を誇りに思っていましたから、お互いの生き方を尊重し、愛する家族を守るためには、これが最善の方法でした。
 わたしは母とお手伝いさんと一緒に住んでいましたが、父とは数ヶ月に一回、父のオフの日には必ず会っていました。
 ごく稀に母と三人で出かけることもありました。
 さすがに多くの人目に触れるショッピングに行くことはできません。テーマパークで遊ぶのも難しいです。でも、こじんまりとしたレストランでランチをしたり、井川さんの運転でドライブに行ったり、どれも大切な思い出です。
 二人とも、多忙ななか最大限の愛情をわたしに注いでくれました。


 そうそう、父との関係でしたね。
 父とは、友だちのような……、兄妹のような関係でした。
 仲が良いというより、わたしは父にはなんでも相談できたのです。高校生になり、母との関係が少しギクシャクしたときも、父だけには素直になれたのです。
 不思議ですね。似たもの同士だからでしょうか。
 そう言えば、母と喧嘩して勢いのまま家を飛び出したとき、父がわたしたちの仲を取りもってくれたこともありました。
 お前は母親に似て気が強いな、が父の口癖でした。
 優しくて、いつでも真っ直ぐな父でした。
 誕生日の話を続けてもいいでしょうか?
 父とわたしは、知り合いの方がオーナーを務めているレストランで食事をして、天鵞絨町へ向かいました。 
 その日、わたしは初めてMANKAIカンパニーの劇場へ足を踏み入れたのです。
 ロビーの真っ赤な絨毯。
 壁にかけられた歴代の公演ポスター。
 金色に縁取りされたビロードの観客椅子。
 どれも父から話を聞いていたとおりでした。
 公演は観たことはありませんでしたが、劇団の皆さんとは顔見知りでした。とくに父が所属していた夏組の方たちには、幼いころからとてもお世話になっていて、母がいないときに泊まりにきてくれたこともありました。
 いつもお洒落な幸さん、王子様みたいにスマートな椋さん、話し上手で聞き上手な一成さん、さんかく探しが得意な三角さん、笑顔が素敵な九門さん、皆さん本当に良くしてくれました。
 父が亡くなり、不愉快な騒動が起こった際も、母とわたしに寄り添ってくれたのは、監督をはじめとしたMANKAIカンパニーの方たちでした。感謝してもしきれません。
 あの日観た舞台は秋組の演目でした。
 たくさんの彼岸花がロビーに飾られていました。
 怖いような、うっとりと見つめてしまうような、不思議な魅力のある花です。
 公演の内容はあまり記憶にないのです。マフィアと用心棒の話だったと思うのですが……。幼いわたしには少し大人びた内容でした。
 秋組はいまでもアクションが得意ですが、その当時もそれはそれは迫力のある舞台でした。
 皆さんとても背が高くて。父もスタイルがいいですが、舞台に立っている秋組の方たちも父に負けないくらい恵まれた容姿をされていました。
 公演が終わり、楽屋へ挨拶に参りました。
 左京さんがわたしの頭を撫でてワンピースと靴を褒めてくれました。以前は舞台に立たれていた左京さんですが、そのときはすでに第一線を退いており、劇場の総支配人をされていました。
「お、チビ天馬。おめかししてんじゃん」
 これは万里さんの言葉です。
 万里さんは会うたびにわたしのことを「チビ」とか「チビ天馬」と言ってからかってくるのです。それだけわたしと父が似ているということでしょう。万里さんは口は悪いですが、それが彼なりの愛情表現なので、からかわれても悪い気はしませんでした。
 ざわついた楽屋で差し入れのプリンを食べました。
 甘くてとろっと溶けるプリンをみんなで食べていると、ふと部屋の端に立っている男性に気がつきました。 
 スタッフの方でしょうか。
 しかし、秋組の方たちよりも少し若いような気がします。
 二十代半ばに見えました。見知らぬ男性です。
 オールバックの髪型がとても印象的で、鋭い目つきはどこか寂しそうでした。
 なんであんなに悲しそうな顔をしているんだろう。
 わたしは彼から目を離すことができませんでした。
 ふと、小学校に上がる前、母と迷子になったときの自分を思い出しました。
 たった一人で人混みを歩いていたときの悲しくてたまらない気持ち。
 知らない人たちに囲まれる恐ろしさ。
 もう二度と母に会えなかったらどうしよう。
 不安でたまらないのに、誰にも助けを求められない無力感。
 彼の表情を見ていると久しく忘れていた気持ちが蘇ってきました。
 そして、気づいたのです。彼の手に差し入れのプリンが行き渡っていないことに。
 なんだ、そんなことか、とわたしはほっとしました。
「ねえ、お父さん」
 一成さんと楽しそうに話していた父に声をかけました。 
「あの人にもプリンあげないの?」
「えっ、あの人って?」
 わたしは彼が立っている部屋の隅っこを指差しました。
「あそこに立っているお兄ちゃんだよ。ここに数字のマークがある服を着てる人」
 指で数字の十を描くわたしを見ながら、父の顔がいままで見たことがないほど青ざめていきました。
 ざわついていた楽屋が途端にしんとなり、まるで世界中から音が消えてしまったような静けさに、わたしは自分が失敗したことを知りました。
 なにかまずいことを言ってしまっただろうか。
 今日は素晴らしい一日になるはずなのに。わたしは生まれてはじめて冷や汗というものをかきました。
 静まり返った楽屋で、全員が部屋の隅をじっと見つめています。
「誰もいない、よな?」
 父が泣きそうな声で言いました。
 誰も答えません。
 だって、答えは明らかでしたから。
 どうやら彼が見えるのはわたしだけのようでした。
 わたしの発言によって、楽屋のときが止まってしまいました。
 皆さんどんな反応をすればいいのか困っていたのでしょう。
「……悪い」
 なぜか父が謝り、わたしの手を引いて楽屋を後にしました。
 車の後部座席に乗ると、父は郊外にある墓園の名前を運転席でハンドルを握る井川さんに伝えました。
 父の顔を伺いましたが、俯いているのでどんな表情をしているのか分かりません。
 いまとなっては、黙って目を瞑っていた父の気持ちがよく分かりますが、なにも知らない当時のわたしは、自分のひと言が父を怒らせたのではないかと不安でいっぱいでした。
 初秋の晴れた日でした。
 三十分ほど車に揺られて木々が色づきはじめている墓園に到着しました。
 桜並木が有名な墓園で、春になると多くの人で賑わいますが、その日は父とわたし以外の墓参者はおらずひっそりとしていました。
 いくつかの区画を通りすぎて目的の場所にたどり着きました。
 墓石には「兵頭家」と彫られています。
 父は灰色の墓石の前に立ったままなにも話してくれません。
 わたしは、どうして自分の誕生日に知らない人のお墓参りに来なければいけないのだろう、とちょっと機嫌を損ねておりました。
「どんな人だった?」
 父が訊きました。
 楽屋に立っていた男性のことだと分かったので、
「髪がこう上にあがってて、目がこんなふうに尖ってた」
 指の先で目尻を引っ張っぱりながら言うと、ようやく父が笑いました。
「ふっ、似てないな」
「あとちょっと悲しそうだった」
「そうか、ずっと会いに来れなかったから痺れを切らして向こうからやってきたんだな。ごめんな、十座さん」 
 あの日、わたしが楽屋で見たのは兵頭十座さんという方でした。
 九門さんのお兄さんです。
 バイク事故で亡くなったそうです。
 父とは同じ高校の先輩後輩で、劇団に入ってから出会い、組の垣根を越えて一緒に稽古をするなど、とても仲が良かったと教えてくれました。
 わたしは父から劇団時代の話をたくさん聞いていましたが、兵頭十座さんのことはなにも知りませんでした。
 十二歳の誕生日に、枯葉の匂いのする墓園で、はじめて兵頭十座さんのことを知ったのです。
 喧嘩の強いヤンキーとして恐れられていたこと。
 強面のくせに繊細で、傷つきやすい人だったこと。
 誰よりも演劇に対して真摯でひたむきで、努力家だったこと。 
 兵頭十座さんとの思い出を懐かしそうに話してくれました。
「今年が十三回忌なんだ」
 彼はわたしが生まれた年に亡くなっていました。
「もうそんなに経つなんて信じられないな」
 独り言のように父が呟きました。
 わたしはなんと声をかけていいのか分からず、ただ父の横に立って御影石に掘られた「兵頭家」という文字を見つめていました。
 そして、さきほど楽屋で見た兵頭十座さんの顔を思い出して、今日一日の楽しい気持ちが急速に萎んでいくような気がしました。
 なぜ、わたしだったのでしょう。
 父に会いに来たのだとしたら、どうして父には彼が見えなかったのでしょう。
 今日までずっとお墓参りができないほど、それほど彼の死は父にとってつらく、耐えがたいものでした。
 それなのに、どうして。
 幽霊を見たとか、見えないものが見えてしまったとか。そういう怖さよりも前に、こんこんと悲しみがあふれてきて、わたしは思わず父の手をぎゅっと握りました。
 また、出てきてくれないだろうか。
 今度は父の前に姿を見せてほしい。
 これはいったいどういう気持ちなのでしょう。ずっと不思議に思っていましたが、いまなら分かります。
 わたしは心のなかで祈っていました。
 父と彼がまた会えるように、大切なもの同士が離ればなれにならないように、言葉にできない言葉で祈っていたのです。


 父が病に倒れたのはそれから数ヶ月後のことでした。
 人は誰でも驚くほどの強さとたくましさを備えておりますが、その反面、あまりにも儚い命を持ち合わせています。
 根気よく治療をすれば治る病気でした。
 発病してから数年間、父は仕事を少しずつ減らしながら治療に励んでいました。
 絶対に治るとみんな信じていたのです。
 しかし、ある日突然、父はまるでこの世の役割を終えてしまったかのように静かに息を引き取りました。
 わたしが高校に進学した最初の夏でした。
 あまりに突然のことで、心が空っぽになりました。ある程度覚悟ができていれば、わんわん泣いて悲しむことができたかもしれません。
 強い風が吹いて、道端の枯れ葉が一気に飛んでいってしまうように、わたしの心にはなにも残っていませんでした。
 もう大好きな人に会えないのだ。
 わたしが生き続けるかぎり、もう父には会えないのだ。
 どうか幽霊でもいいから会えないだろうか。
 そんな考えとともに、ふと思い出したのです。
 十二歳の誕生日に訪れたMANKAI劇場と、楽屋に立っていた兵頭十座さんのことを。
 そして、大変に自分勝手なことですけれど、彼のことを憎みました。
 父を連れて行ってしまった。
 そんな気がしてならなかったのです。
 父が亡くなったあとの騒動を、あなたはよくご存じでしょうから、いまさら話すことでもありませんね。
 父と母が別居していたことから始まり、仮面夫婦だとか、隠し子がいるだとか、ひどいデマばかりが広まりました。
 一番許せなかったのは、ある週刊誌に母が父を見殺しにしたという記事が載ったことです。
 許せませんでした。もう何十年も前のことですが、いまでも思い出すたびにはらわたが煮えくりかえります。わたしたち家族のことをなにも知らないくせに。
 あぁ、そんな噂もありましたね。
 わたしと皇天馬は血がつながっていない、母がどこぞの男と作った子だ、皇天馬はだまされて結婚した。
 わたしの髪と目の色は父に似ていませんものね。けれど、そんなことはどうでもいいのです。
 回りがなんと言おうが大したことではありません。
 わたしは父と母の娘です。
 皇天馬の娘です。
 これがまぎれもないわたしのなかでの真実です。


 話が逸れてしまいました。
 そう、兵頭十座さんの話です。
 遺品整理をするために父のマンションを訪れました。
 井川さんと母と三人で父が残した荷物を整理するなかで、わたしは古いアルバムを見つけました。
 父の寝室に備え付けられた本棚に置いてありました。何度も何度も読み返したのか、ページをめくる部分がすり切れています。
 アルバムのなかでわたしの知らない若い父が笑っていました。
 劇団に入ったばかりのころでしょうか。写真には日付がありませんでしたが、父の着ている稽古着に校章が刺繍されていたので、まだ高校生だったのだと思います。
 夏組の方たちも皆さんとてもお若くて。
 椋さんなんて、わたしは大人になった彼しか知りませんでしたから、中学生のころはとても可愛らしい顔をされていて驚きました。
 稽古風景だけでなく、どこか外国へ旅行したときの写真もありました。
 そのアルバムはとても凝っていて、おそらく一成さんが作ったのでしょう。見ているだけで幸せな気持ちになりました。 
 兵頭十座さんが写っている写真もありました。
 同じ高校だったからでしょうか、父と太一さんと三人で写っている写真がほとんどでした。
 ごくたまに万里さんと三人で写っているものもありましたが、父と兵頭十座さんが二人きりで写っている写真はなかったように思います。
 アルバムをめくりながら、とても不思議な気持ちになりました。
 そのときはまだ兵頭十座さんに対して複雑な気持ちを抱えていましたが、写真のなかで幸せそうに笑っている父を見て、もうこの二人はこの世にいないという悲しみとともに、愛しさのようなものが溢れてきました。 
 命は儚く、一瞬で消えてしまいます。
 人は死んだらどうなるのでしょうか。
 また生まれ変わって新しい命を生きるのでしょうか。
 それとも人は死んだらただの骨となり、魂すら存在しないのでしょうか。そんなこと考えたこともありませんか?
 そう、あなたはまだお若いものね。
 わたしは人の命は溶けるのだと思っています。
 今日のような青く澄んだ空に、人々が家路を急ぐ夕暮れの街に、そしてきらきらと星が瞬く夜に、溶けていくのです。
 二人の命は消えず、しかしかたちとして残るのではなく、わたしのなかでずっと生き続けていく、そんな気がしたのです。
 誕生日になぜ彼が現れたのか。
 なぜわたしだけにしか見えなかったのか。
 それは、父のことを誰よりも愛しているわたしに覚えてほしかったのではないでしょうか。
 兵頭十座さんと父のことを。
 この二人がとても深いところで想い合っていたことを。
 変なことを言っていると思うでしょう。どうか年老いた女の戯れ言だと思って聞き流してください。
 父についての本を書いてくださるそうですが、わたしから話せることはほとんどありません。
 では、なぜわたしはあなたにこんな話をしたのでしょう。 
 きっと、どんな人にも大切な人がいるということを知ってほしかったかもしれません。
 あなたにもそんな人がいるはずです。
 どうか、あなたが書こうとしている人の後ろには、彼の守りたいものや大切な人がいるということを、忘れないでください。
 少しお説教じみてしまいました。
 普段あまり人と話さないものですから、上手くお話できたかどうか。
 そうそう、明日は孫が久しぶりに遊びに来てくれるのです。 
 仕事が忙しいようで年に数回しか会えません。
 あら、孫のことをご存じですか。
 毎日のようにテレビに出ていますものね。活躍しているようでとても嬉しく思います。
 孫たちのなかで、あの子が一番父に似ています。
 ふわふわと柔らかいオレンジ色の髪なんて、まるで父の生き写しのようです。
 やはりわたしは父と母の娘です。
 彼らの娘として生まれて幸せでした。
 本が完成したらぜひ読ませてくださいね。
 父の遺影の前に置かせていただきますから。

 それでは、どうかお気をつけてお帰りください。

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