運命は何色ですか

注意:至♀/綴万、至→臣、臣↔女子生徒要素あり
高校生パロ


 恋に落ちると世界は虹色になるらしい。いや、バラ色だったか。まあ、どちらでもいいのだけれど、とにかく彼を一目見た瞬間、至は運命の人にやっと出会えたと思った。
 背筋がすっと伸びた美しい姿勢もさることながら、高校生とは思えないほど逞しい体つき。彼が立っている場所だけきらきらと輝いていて、まさに二次元から飛び出てきたといっても過言ではない。教室を見渡すと、同級生の豚みたいな女たちも彼のオーラに圧倒されて目に涙を浮かべていた。
 あんたたちがどんなに努力しても無駄よ、と至は余裕の勝利を確信する。
 少女漫画やゲームの世界において、主人公にどんな致命的な欠点があっても最後はかっこいいヒーローと結ばれる。この人生の主役は至で、しかも誰よりずば抜けた美貌の持ち主。だから絶対に彼は至の運命だし、自分は彼の隣で可憐に咲く一輪の花なのだ。
 自己紹介をする少し低めの声も素敵だった。その声を録音して私だけのBGMにしたい。なんて思っていいると、
「何か分からないことがあれば、学級委員長の茅ヶ崎に聞いてくれ」
 と担任が言った。何かと面倒ごとを押しつけてくるこの教師が大嫌いだったが、この時ばかりは感謝した。転校生を助ける委員長はギャルゲーの定番中の定番ルートだ。至は黒髪清楚なキャラではないが、眼鏡という攻略における大事なポイントは押さえている。これで、ハッピーエンドまで駆け抜けてやる。至は小さくガッツポーズをしながら、隣の席に座る彼に笑顔を向けた。
「よろしくね、えっと……伏見、くん」
「こちらこそよろしくな。その、伏見くんってのはなんだか他人行儀だから、臣って呼んでくれ」
「じゃあ、臣。困ったことがあったらなんでも聞いてね」
 ありがとう、と目を細めて笑う臣の可愛さと言ったら!
 神絵師が描き下ろしたSSR級の破壊力で、至は心の中でエアいいねを連打した。

§

「各自、進捗状況を報告するように」
 放課後の生徒会室に至の声が響く。
 きつい西日が薄いカーテンを抜けて、狭い部屋はぐつぐつと煮える鍋のようだ。冷房が壊れてからというもの、窓を開けて暑さをしのいでいるが、風がまったく通らないため気休めにもならない。
 校庭で部活に励む運動部のかけ声や、間延びした楽器の音が遠くから聞こえる。
「進捗って言っても……なあ」
「そうっすよ、至さん。学年の違う俺らにはそもそも限界があるっす」
 至の厳しい表情とは反対に、目の前の男子二人は下敷きをぱたぱたと仰ぎながらのんびりとした口調でそう言った。
「万里! 綴! あんたたちやる気あんの?」
「いや、ないです」
 即答したのは万里だ。
 足を思いっきり蹴ろうとすると、生意気にも避けられた。
「至さんってマジで足癖悪いよな。親衛隊の奴らに教えてやりてえよ。あんたたちが憧れる至さんはがさつで口の悪いゲーオタでネットの海を夜な夜な徘徊する廃人だって」
「万里……それ以上は、」
 綴が言い終わらないうちに至は手に持っていた黒板消しを万里に投げつけ、それは見事に命中した。
 万里の、股間に。
「いっってえっ」
「ああ、もう。万里、大丈夫か? 至さんも落ち着いて下さい」
「綴、あんたどっちの味方なの?」
 じろりと睨むと柔和の垂れ目がさらに下がって、綴は泣きそうな顔になった。ちょっといじめすぎたかな、と思ったがいかんせんイライラしているので自制がきかない。それもこれも、余裕だと思っていた臣攻略が難航しているせいだ。
 学級委員長で成績もトップ、加えて女優ような顔を持った自分が本気を出せば、男のひとりやふたり簡単に落とせると思ったのに。
 それが一体どうしたことだろう。一ヶ月以上経った今でも何も進展がない。
 転校したばかりで慣れない環境に戸惑う臣を助けようと、校内を案内したり課題を手伝おうと声をかけたりした。しかし、至以上に臣は勉強もスポーツも、そしてなぜか裁縫も、全てにおいて完璧なのだ。
 自分だけではこの戦いを制することはできない。
 そう悟った至は長年の幼なじみである後輩二人に協力を求めた。臣と同じ部活であるアドバンテージを生かして、至と臣の仲を取り持ってもらうよう頼んだのだ。
「学年が違ってもあんたたち同じ部活でしょ? どうして一緒に出かけたり、お昼食べたりするのがそんなに難しいの?」
「何度も言ってますけど、伏見さんはサッカー部。俺たちはフットサル部です」
「なにが違うの? 同じ球を蹴るスポーツでしょ」
「でた、運動音痴特有のごった煮解釈。っとに至さんはさあ」
「万里、お前はもう黙っとけ。これ以上は俺も守り切れない」
 切羽詰まった綴が慌てると、万里は「へいへい」とだるそうに答える。
 グーパンで殴ろうとしたが、綴の優しさに免じて握った拳をそっと元に戻した。
 生温い風が室内に留まって暑くて仕方ない。汗でずれ落ちる眼鏡の位置をなおすと、今度は髪がおでこにひっついて暑苦しい。
「簡単に言うと、サッカーは外で球を蹴って、フットサルは室内で球を蹴ります。試合に出る人数も違います。しかも、伏見さんはサッカー部のエースで俺たちみたいな室内組がそう簡単に話せるような人じゃないんっすよ。いつもファンに囲まれてるし、それに……」
「それに?」
 綴の意味することは分かった。しかし、これ以上は聞きたくない。綴の顔面を穴があくほど睨みつけると、しゅんと尻尾をたれる子犬のように黙り込んでしまった。
「あの子がいるから至さんには無理ってこと。ああ、クソッ、死んだ。回復アイテムもうねえよ」
 ソシャゲの画面を見ながら万里が舌打ちした。
 綴は頭を抱えて、もうどうにでもなれという顔をしている。
 万里、おまえの素直で裏表のないところは好きだ。しかし、あまりに正直すぎるのはどうだろうか。
「万里さあ、あんた一体誰のお陰で綴と付き合えたのか、もう忘れたの?」
 生意気な後輩を拳で黙らせるのは簡単だ。しかし、物理攻撃よりも精神に直接ダメージを与えるほうが効果的なこともある。
 至の一言でソシャゲに夢中になっていた万里もようやく事の重大さが分かったらしく、画面をタップする手を止め、綴に救いをもとめるように縋りついた。
「うじうじ悩むあんたの相談にのって、二人で登下校できるようにお膳立てして、デートのプランも考えて、鈍感な綴にあんたの良さをアピールしたの誰だっけ?」
「……至さんです」
「私たち三人、幼なじみ同士困ったことがあったら助け合おうって決めたのは?」
「えーっと、俺っすね」
「そのとおり。万里は私に借りがあるし、綴が言った決めごともある。つまり、二人とも私の恋を応援する義務があるってこと」
 ふんっと仁王立ちする至を前に、綴も万里も呆気にとられている。
「強引すぎるだろ……」
「ってか、万里、お前至さんにそんな借りがあるのかよ。初耳だぞ」
「しょーがねだろお。お前全然気づかねえんだから、俺の気持ちに」
「万里……」
「はい、ストップ。いちゃつくのは帰ってからでよろ」
 甘い世界にトリップしそうな恋人たちを引きはがすと、独り身である自分が余計空しく感じられる。
 綴と万里。幼い頃から一緒に過ごしてきた二人がこんな風にくっつくのは意外だった。派手な見かけに反して万里は奥手で、綴は超がつくほどぼーっとしている。万里から相談を受けて、驚きつつもどうにかして仲を取り持ったのだ。
 綴と付き合えた、と万里が照れながら報告してきた時は本当に嬉しかった。そして、二人が幸せになるのを見て思ったのだ。
 私にも運命の人が必ずいると。
 だから絶対にこの恋を成就させたかった。
「別に知りたくないけど、臣はあの子と付き合ってるの?」
「どうっすかね。転校してきた伏見さんとは小さい頃からの幼なじみで、一緒に登下校するぐらい仲が良いみたいですけど。彼女はモテるから伏見さんがボディーガード代わりって聞いたこともあるっす」
「小動物系で守りたくなる可愛さがあるしな。俺のクラスでも人気だぜ」
 転校してきてからというもの、臣は恵まれた運動能力と物腰の柔らかさで学校中の人気をさらっている。女子生徒だけでなく、男子生徒からも慕われているらしい。
 その彼の側に四六時中寄り添っているのが、綴と万里と同じ学年の女生徒だ。至が棘のある美しさで人々を魅了する薔薇だとしたら、彼女は誰からも愛される愛らしい秋桜のような子で、もし臣が彼女のようなタイプが好きなのだとしたら至に勝ち目はなかった。このジャンルの壁はどうやっても越えられない。しかし、
「なんかこう普段と違う私を見せれば、ワンチャンある気がしなくもない」
「その自信どこから来るんだよ……」
「万里、至さんは昔から無駄に自信だけはあっただろ。でも、普段と違う至さんって、例えばどんなんですかね?」
「それを考えるのが二人の役目でしょ」
 うーんと本気で悩む綴と万里を横目に、至は日差しに照らされた校庭を窓から眺めた。
 サッカー部がグラウンドの真ん中で練習をしている。遠目からでも臣の姿をひと目で見つけることが出来た。背が高い上に足が速いから目立つのだ。そして、甲高い声で応援をする女子学生の一群も見える。ほとんどが臣目当てだろうということは、彼がボールを持った時の歓声の大きさで分かった。
「あ、」
 と、綴が何か閃いたように大声を出した。
「良いアイディアでも浮かんだ?」
「あした他校と練習試合っすよ、確か。お弁当でも作って応援しに行けばいいんじゃないですか?」
「料理できない」
 できない、というよりやったことがない。包丁を持ったこともないし、調理実習の時は周りの班員がいつの間にか至の分まで作ってくれている。
「大丈夫っすよ。俺が教えます。近寄りがたいクールビューティな至さんが、実は家庭的な一面もあるって分かったら少しは興味持ってくれるかもしれませんよ」
「少しはって……まあ、綴にしては良い案かもね。万里は? なんかある?」
「んー、明日だけコンタクトにしたらどうっすか? 優等生キャラ作るために眼鏡してんのはいいけど、至さん素顔のほうが美人なんだし、そっちで勝負したら」
「コンタクトはごろごろするから嫌いなんだよなあ。でも、一日ぐらい頑張ってみるか。おけおけ」
 二人とも何だかんだ最後は協力してくれるあたり、優しい子たちだなと思う。
 幼い頃、この整った顔が災いしてよく同性にいじめられた。男たらしとか顔だけ女とか、いま考えるとくだらない悪口だったけれど、幼い身には結構つらかったのだ。学校では絶対に泣かないと強がっていたが、家に帰って一人になると悲しくてしかたがなかった。そんな時、いつも至を励ましてくれたのは幼なじみの綴と万里だった。
 いじめられないためにはどうしたらいいか。三人で相談して、この顔を逆手にとって美少女キャラを演じることにした。漫画や本を参考にして、笑い方や話し方、ちょっとした仕草なんかを研究した。綴は小説、万里と至はゲームが大好きだったからネタには困らなかった。そのうち、女子は至のこと羨望のまなざしで見つめ、男子からは聖女のように崇められるようになった。
 至自身ゲームが大好きだったから、自分と違うキャラになれるのは楽しくて、高校生になっても未だに演じ続けている。誤算だったのは、いじめられない代わりに友達ができなかったこと。そして、一度も彼氏ができなかったことだ。
 制服のポケットに入っているスマートフォンが振動した。
「あ、紬から連絡入ってたわ。じゃ、私帰るね」
 友人と待ち合わせしていたことをすっかり忘れていた。
「至さん、明日寝坊しないで下さいよ。六時集合ですからね!」
「無理。起こしに来て」
 綴のため息と万里の笑い声を背中に、至は颯爽と生徒会室を後にした。

BACK TO NOVEL