運命は何色ですか

注意:至♀/綴万、至→臣、臣↔女子生徒要素あり
高校生パロ


 放課後の廊下は日中の騒がしさが嘘のように静かだ。今なら誰もいない。
 至はお淑やかな歩き方を止めて、のっぺりとした床をきゅっきゅっと音を立てて走る。小鳥が鳴くみたいな詰まった音が好きで、誰もいないことをいいことに、たまにこうやって遊んでしまう。学校ではいつも気を張ってるから、ちょっとした息抜きみたいなものだ。
 突き当たりの階段まで行くと、同級生の紬が台本を読みながら待っていた。相変わらず、いつでもどこでも芝居のことしか考えていない。
「ごめん、紬。遅くなっちゃった」
「大丈夫だよ。綴くんと万里くんは一緒じゃなくていいの?」
「いいのいいの、あいつらは勝手に帰るから。あれ、丞は?」
「たーちゃんは先に下駄箱に行ってるって」
 学内で素の至を知っているのは、綴と万里、そして同級生である紬と丞だけだ。
 紬たちとは中学校の頃からの付き合いだが、一緒にいると気が楽で、幼なじみ二人とはまた違った心地よさがある。二人に本当の自分を見られたのは、至にとって予想外のことだったが、今ではありのままを知ってもらえて良かったと思っている。
 中学に入学したばかりの頃だ。至は風邪で数日間寝込んでしまい、クラス委員だった紬と丞が配布物を渡しに家に訪ねてきた。何を思ったのか、母親は二人を至の部屋に連れてきたのだ。おせっかいにもほどがある。
 よれよれの部屋着姿でゲーム画面を凝視する至と壁一面にフィギュアを飾っているオタク部屋。二人とも異界の生物を見るような顔で呆然としていた。もう隠せないと諦めて美少女キャラのことを話すと、何故か紬たちの所属していた演劇部に誘われた。「すごい演技力だよ」「顔も綺麗だし舞台映えするな」と盛り上がる二人に、至が圧倒されてしまった。
 それからよく三人で話すようになった。正直、芝居の話はよく分からないけれど、裏表の激しい至のことを受けれてくれたことが嬉しかった。結局同じ高校に進学して、至は優等生な美少女キャラを、紬と丞は演劇を続けている。
「作戦会議は上手くいったの?」
「ばっちり。あしたサッカー部の練習試合だから応援に行くことになった」
「そうなんだ。伏見くんって入部したばっかりなのにもうレギュラーなんだよね。丞がすごい選手だって言ってたよ」
「へえ、あの丞が褒めるなんてさすが臣だね。で、紬は? 丞となんか進展あった?」
 二人で階段を下りながら女子らしい会話を続ける。二人には臣が転校してきた初日に「SSR級キタ! 絶対落とす!」なんて言って騒いだから、ここまで苦戦している姿を見せるのは正直恥ずかしい。それとなく話題を逸らしたくて、紬と幼なじみの進捗状況を訊いてみた。
「もう、たーちゃんとはそういうのじゃないって。ただの友達だよ」
 ふわふわと笑う紬が嘘を言っているようには見えない。しかし、この二人の仲の良さを目の当たりにすると、お互い好意を持っていないなんて信じられなかった。
 登下校も、教室移動も、部活も、いつだって二人はセットなのだ。付き合っていないと聞かされて、驚かないほうがおかしい。
「紬はそう思ってなくても、丞は? 私たまに睨まれてる気がするんだけど。あれって紬を独り占めしたくて怒ってるんじゃないの?」
「違うって。丞とは本当に友達だよ。そして大切な演劇仲間。たまに部活で恋人役もやったりするけど、たーちゃんが彼氏なのはちょっと嫌だな」
「なにが嫌なんだ、紬」
 階段を下りきると、下駄箱近くの壁に寄りかかっていた丞がタイミングを計ったかのように声をかけてきた。体格のいい丞が黙って両腕を組んでいると、立っているだけで威圧感がある。しかも無口で無愛想。笑ったり冗談を言うことがほとんどない。
 あんな怖い顔をしているのに、一部の女子の間では王子様とか言われているらしい。あんな怖い顔の王子がいてたまるか。彼らの舞台を観たことがないから、白馬に乗ってお姫様を助けたり、甘い言葉を囁いてキャーキャー言われている丞なんて、至には想像できなかった。
「なんでもないよ。毎日暑くて嫌だなって話してたの」
「あれ、丞の手にあるのってもしかして……」
「ああ、これか。これは紬宛てだ。どっかの誰かがお前に渡して欲しいってさ」
「どっかのだれかって……。せめて名前ぐらいは覚えてあげようよ。ちなみに私も今日丞宛ての手紙貰ったよ。交換だね」
「あんたたちさあ……」
 紬は女の至から見ても魅力的だ。小顔でスタイルも良くて、おまけに性格も穏やか。至みたいに目立つタイプの美人ではないが、密かにファンクラブがあるのを至は知っている。丞も、臣ほどではないけれど身長も高いし、真面目なところが異性に人気がある。丞が主演をする舞台は、観客の入りが桁違いだと紬が言っていた。
 二人とも頻繁に手紙をもらったり告白されている。それなのに、紬も丞も周囲からの好意に無関心で、芝居のことしか考えていない。役作りがどうとか、脚本の善し悪しとか、至には全く分からないが、あれだけ夢中になるものを持てるのは凄いと思う。このまま現実の恋人を作らず、芝居のことだけを考えて生きていくのだろうか。
 この二人に告白する猛者たちの恋心を思うと、至はいつも切なくなった。
「たーちゃん、明日って部活だよね」
「そうだが。お前出られないのか」
「サッカー部の練習試合があるらしいよ。知ってた?」
「ああ……、そうなのか。茅ヶ崎は応援に行くのか?」
「もち。お弁当作ってアピールするに決まってんじゃん」
 ローファーに履き替えながら答えると、玄関口のほうから賑やかな声が聞こえてきた。
 サッカー部の練習が終わったらしい。「タオル使って下さい」「これ、差し入れです」と女子たちのはしゃぐ声もする。靴を履きおえて、臣はどこかな、と顔を上げるとちょうど目の前に立っていた。
「茅ヶ崎さん、生徒会の仕事お疲れ様」
「お、おお、臣も部活お疲れ様」
 突然のことで声が裏返ってしまった。
 こんなに近くで話せるなんてシステムのバグかな。
 それとも私が知らないイベント発生フラグなの。
 頭の中ではちゃめちゃな思考がぐるぐる回るなか、同じクラスでよかった、下足入れの位置がこんなにも近くでよかったと至は天を仰いだ。
 今が絶好のチャンス。
『明日の試合応援に行くからね。頑張って』と言うのだ。
 いつもより優しい感じで、女の子らしく、可愛らしく。少し顔を傾けて笑顔で。
 よし、イメトレはばっちりだ。
「あの、臣――」
「臣、部活終わったの? お疲れ様」
 至が話しかけると同時に、後ろから明るい声が重なった
「まだ帰ってなかったのか。茅ヶ崎さん、俺もう行かないと。また来週な」
「あ、うん。またね……」
 小さく呟いた言葉は果たして彼に届いただろうか。
 制汗剤の湿った香りを残して、臣は足早に校内へ入っていった。臣の横で、少女の茶色い髪が鮮やかに揺れている。臣の肩にも届かない小さい身長。狭い肩幅。華奢な腕と細い足。どこもかしこも女の子らしい。
 臣が彼女を守りたくなるのも当たり前だ。
「茅ヶ崎――」
「ごめん、今日はひとりで帰るね」
 丞の言葉を遮って、至は逃げるように玄関口を出た。
 下を向きながら校門へ向かう。夕日がコンクリートの地面を真っ赤に染めている。
 顔が熱い。
 今、自分はどんな顔をしているだろう。
 泣きたいのか、怒りたいのか。
 誰も悪くないのに、誰かを罵りたくて、大声で叫びたいくらい恥ずかしい。
 これは嫉妬なのだろうか。自分の気持ちの置き場所が分からない。
 彼女のことは嫌いではないが、臣の側にいられて羨ましいとは思う。だからといって、彼女の居場所を奪いたいわけでばない。そこまで思い詰めてはいないし、他人のものを横取りするなんてみっともないことはしたくない。
 臣が振り向いてくれない。
 ただ、その事実だけが悲しかった。
 自分は彼の運命になれない。気づかないふりをしても、空しいだけだ。
 運命の人なんていない。
 そのことに気づいてしまうと、幼稚な憧れがどんどん色を失っていく。
 二次元の世界に今すぐ逃げたかった。
 
§

 翌朝、綴のモーニングコールで起こされた。振動音がうるさい。ミュートにして着信を無視すると、暫くして部屋の扉が勢いよく開いた。
「至さん、朝ですよ。練習試合行くんでしょ?」
「……ない」
「は?」
「行かないって言ってんの馬鹿綴!」
 布団に包まりながら叫ぶと、「面倒くせえな」と綴がため息をついた。
「なにがあったか知りませんけど、寝てたって解決しませんよ」
 そんなことは自分がよく分かっている。
 でもどんなに頑張っても、臣は至のことを好きにはならないだろう。昨日、下駄箱で話した時にそれを悲しいぐらい痛感してしまった。
 至が臣しか見えていないように、臣にはあの子しか見えていないのだ。こんな負け戦を戦うなんて、惨めにもほどがある。
 今日の練習試合に彼女も応援にきているだろう。あの二人が仲良くしているのを目の前にして、いつもみたいな美少女キャラを演じられる自信はない。これでは主人公ではなく、ヒーローに横恋慕する当て馬だ。主人公以外のキャラにとって少女漫画はなんて残酷なんだろう。
「至さん。俺も万里も至さんには感謝してるし、幸せになって欲しいんっすよ」
 布団から出てこないのを見かねて、綴が端からはみ出ている至の頭をぽんぽんと叩く。
 小学生の頃、いじめられた至が泣く度にこうして頭を撫でてくれた。至より年下のくせに、兄弟が多いから三人のうちで誰よりも大人で、いつも困った顔で至を慰めてくれた。
 綴の温かい掌が至は大好きだった。
 その掌も今では至の頭をすっぽりと包むほど大きい。「たるちゃん」と言いながら至の後ろを追っかけてきた頃が懐かしい。家が近所で、両親たちの仲が良かったからいつも三人で遊んでいた。至に相談にきた万里曰く、小学校にあがる前から万里は綴のことが好きだったらしい。
 恋心を打ち明ける勇気がなくて十年以上も悩んでいたと言っていた。この関係が壊れるのが怖い。三人でいられなくなるのが嫌だ。でも、綴に会うと苦しくて本音を全てぶちまけたくなる。いつもの明るさと脳天気さはどこにいったのか。
 仕舞いには泣きそうな顔で「どうしよう、至さん」と弱音をこぼす万里に、至はこう言ったのだ。
「まだなにもしてないのに諦めてどうすんの。やるだけのことやってから泣きなさいよ」
 その言葉を今は自分に投げつけてやりたい。
「……やっぱ悩むのって性に合わないわ。今日で終わりにする」
 布団の端からがばっと顔を出すと、綴がこちらを向いて笑っていた。
「なに笑ってんのよ」
「いや、至さんらしいなと思って。じゃあ、お弁当作りますかね。俺、先に帰って準備してるんで」
 エプロン姿の綴を見送りつつ、玄関の鏡にうつった自分を見るとなんともひどい顔をしていた。
 顔を洗ってようやく頭がすっきりする。ぼさぼさの髪を丹念に梳いた後、コテで軽く巻いて香料を抑えたワックスをつける。外面をよくするために、長年研究してたどりついた髪型だ。身支度を調えるうちに、いつもの自分が戻ってくるような気がした。
 休日だから薄く化粧をしても大丈夫だろう。きついイメージを柔らかく見せるアイメイクに自然な色のリップを合わせる。コンタクトはなんとか目に入ったけれどやはりごろごろして痛い。でも今日一日ぐらいなら我慢できそうだ。
 制服に着替えて綴の家に行く頃には、もう七時を過ぎていた。
「試合、間に合わないかもね」
「っすね。でも後悔しないように応援は行ったほうがいいですよ」
「なんで私が後悔する前提なの?」
 おにぎりを握りながら綴がしまったという顔をした。
「まあ、いいけど。応援に行くという事実が大事よね。別に告白する気はないし」
「えっ、しないんですか?」
「しない。たぶん。行ってから決めるけど、なんとなく臣に対してはそういう好きじゃないんだなって思うから」
 卵焼きの端をつまみ食いすると、だしの香りが口に広がった。
 綴の作るご飯は本当に美味しい。万里も良い男と付き合ってるなあ、と羨ましくなる。
「なんか至さん見てると、万里もこうやって悩んでたのかなって申し訳ないような、嬉しいような不思議な気分っす」
「え、なにそれ惚気? 言っとくけど万里のほうがひどかったからね。綴も鈍感すぎるし、あんたたちが付き合うまで百年ぐらいかかるかと思った」
「その節は大変にご迷惑をおかけしました……」
 返事の代わりに、ぺこりとお辞儀をする綴の後頭部をぽんっと叩いた。
 唐揚げや一口ハンバーグ、彩りの野菜などを詰めて弁当作りは無事終了。ほとんど綴が作ったようなものだけれど、おにぎりを握ったりレタスをちぎったり、至も善処したほうだと思う。
 ブルーとグリーンのストライプが爽やかな布に弁当を包んでいると、
「あの、万里の気持ちに気づけなかった俺が言うのもなんですけど、至さんの運命の人も意外と近くにいるかもしれませんよ」
 綴がさらっと気になることを言ってきた。
 至の近くにいる異性なんて、すでに恋人同士の綴と万里、そして演劇馬鹿の丞だけ。どうやったって運命にはなり得ないだろう。
「励ますならもっと気の利いたこと言ってよね」
 ほんの少しむっとして言い返すと、綴はなんだか困ったような顔をしていた。

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