最良の日々

時系列でお話が進みます。順番にお読みください。

記憶のなかの夏日

 たくさんのなかからひとつを選ぶのは難しい。だって、ひとつを選んだら、それ以外を捨てなければいけないから。
 円には捨てる勇気がない。できることならなにも選ばないで生きていきたい。でも、そんなことは無理な話だ。特にコンビニで買い物するときは。
 冷蔵ケースを眺めているうちに、なにが飲みたいのか自分でもよく分からなくなって、円が手に取ったのは新発売の天然水だった。「さらにクリアに」という宣伝文句が少し無理やりな感じがする。水なんてどれも同じ色で、同じ味がする。
 一緒にコンビニに入った志太はどこにいるのだろうかと店内を見渡すと、雑誌コーナーの隣にいた。稽古場で台本を読んでいるときとおなじくらい真剣な顔をしている。
「まだ決まらないの?」
 円が声をかけると、志太がアイスケースから顔を上げた。かなり悩んでいるのだろう。眉間にしわが寄って、タレ目の目尻が困ったように下がっている。
「かたいのとやわいの、円はどっちが好き?」
「えっ……」
 かたい、やわい。なにが?
「アイスの硬さ」
「……そういう基準でアイスは選ばないかな」
「えっ、まじで? じゃあいつもどうやって選んでんの?」
「なんだろう……食べやすさかな。手が汚れないやつ」
 そもそもアイスを好んで食べないことは言わなかった。
 志太と知り合ってよく分かったことがある。
 自分と志太は、趣味も食べ物も興味があるものも、まったく違うということ。円が好んで食べるものを志太は食べないし、その逆も然り。
「え、これ食べたことないの?」「円、この歌知らないの?」「この映画、観たことないの?」と志太から聞き返されるのは、なんとなく居心地が悪い。志太の隣にいる自分がひどく場違いに思える。
「手が汚れないやつって、例えばカップアイスとか? あれ、両手使わないと食べられないから不便じゃない?」
「溶けたアイスで手が汚れるよりいいと思うけど」
「ふーん、そういうもんかな。俺は好きな味で選ぶ派」
 志太はそう言うとケースのなかを指差して、「これとこれ、どっちが好き?」と円に訊いてきた。
「僕が選ぶの?」
「円が選んで。こっちがシャーベットアイス。ちなみにコーラ味は期間限定で、いつもはサイダー味しか売ってない。で、こっちはチョコバニラバー。安くて美味い」
「えー、選べないよ」
 二択は特に苦手だ。選ぶものと捨てるもの。すっぱりと潔く片方を切り捨てるのはしんどい。
 そういえば、兄は選ぶのが得意だったなと思う。
 さんかくとさんかくじゃないもの。
 自分のなかに独特の物差しがあって、なかなか他人には理解されないけれど、兄のその好きなものに一直線な姿はいつだって円にはまぶしかった。
 志太も兄と同じように、選ぶことが苦にならないタイプのような気がする。好きか嫌いか。楽しいか楽しくないか。いまだって志太のなかで答えは決まっているはずだ。それなのにわざわざ円に選べと言う。
「円が食べたいのでいいから」
 志太がにこにこと笑って言う。円は仕方なく「じゃあ……こっち」とチョコバニラバーを指差した。
「へーそっちか」
 志太が意外そうな顔をする。
「これ、最後のほうになるとチョコが溶けてめっちゃ手が汚れるんだよねー」
 それならそうとあらかじめ言ってくれればいいのに。
 試された気がしてむっとする。志太を睨むと、「でも、俺はこれが一番好き」と言って、円が指差したアイスの袋をふたつ手に取った。なんでふたつ? と思った円に、すかさず志太が訊いた。
「円も食べてみる?」
 思わずうなずいていた。
 自分が選んだものを、志太は好きだと言う。
 手が汚れるとか、そもそもお腹がすいていないとか、断る理由はいくつも頭に浮かんだけれど、志太が好きだというアイスを、自分も食べてみたいと思った。このアイスを食べることを選んだら、志太の隣にいてもいい気がした。
「円もぜったい好きになるよ」
 頭ひとつ分上にある志太の顔が嬉しそうに綻んだ。

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