丞至同棲本
2018年に発行したコピ本の再録です。同棲している丞至のお話です。
三年目のソファー
今日は散々な一日だった。
まず朝一に行った営業先に、ライバル社の資料を持参してしまった。なんとかその場を乗り切ったものの、帰社してから大嫌いな上司に嫌味をたっぷり言われた。
気分転換に飲んだコーヒーにネクタイをどぼんしてしまったし、資料作成の途中でPCがフリーズした。ちなみに昼休みに引いたガチャは過去最大級にドブで、もう本当に目も当てられないくらいひどかった。
極めつけは、残業の果てに乗った終電で寝過ごして、タクシーで引き返す羽目になったこと。タクシー代で五十連は回せたのに。
だから、俺は身も心もくたくたで、リビングの電気がまだ点いてたってことだけで、不覚にも泣きそうになってしまった。
「丞、まだ起きてたの?」
ソファに座っていた丞が振り向く。
俺のため? とか茶化すと嫌な顔をされるので、ここはぐっと我慢だ。丞検定一級保持者の俺に抜かりはない。
「ああ。遅かったな」
「いやあ、もうホントついてなくてさ……」
鞄とスーツを床に放り投げて、ネクタイを緩ませながら丞の横に座ると、俺は悲惨な一日について一気に吐き出した。
「ってことで、今日の至さんは疲労困憊なわけです」
ごろん、と丞の膝に頭を乗せる。相変わらず固い。
重力にまかせて体がソファに沈んでいく。
同棲し始めた頃に買ったソファは最近ちょっとへたっていて、そろそろ買い換え時かもしれない。まだ三年くらいしか使ってないんだけど、原因は、まあ察して下さい。
ベッドより盛り上がるんだよねえ、なぜか。
ああ、寝落ちそう。
丞の膝枕は固いけど、安心感が半端ない。
頭がきちんと固定されて安定する感じ。あるべきところに体が置かれてる感じ。
「おい、茅ヶ崎、まだ寝るな」
大きな手が俺の頭を撫でる。
茅ヶ崎の髪は柔らかいなって丞に言われたことがある。
ザビーみたい? って聞いたら、ザビーの方が可愛げがあるな、と大まじめに返された。あれはいつの頃だったかな。たぶんまだ同棲し始めたばかりで、お互いの距離感に戸惑っていた頃かもしれない。
「はあ、せっかく待ってたのに。寝るのか、お前は」
ため息が落ちてきた。
ん? 待ってた? マジで?
「俺のこと待ってたの?」
膝に頭を乗せたまま丞の顔を見上げる。
「まさか今日が何の日が忘れたのか?」
呆れたような口調で丞が言った。
今日は……。あ。
「ごめん、忘れてた……」
「だろうな」
「ごめん、マジごめん」
今日は同棲を始めた日。
俺も丞も誕生日とか付き合った日とか平気で忘れるから、じゃあ一日だけ絶対に忘れない日を作ろうって決めたんだ。
言い訳じゃないけど、仕事と稽古が忙しくて、すっかり頭から抜け落ちていた。
「最近忙しかったからな。まあ、仕方ない。体調は崩してないか?」
ああ、三年経ったんだなあ、となんだか感慨深い。
昔の丞は俺が約束を忘れたりするとすぐ不機嫌になっていた。自分で決めたことすら守れないのかって何度言われたことか。丞のきつい言い方が気に食わなくて、俺もムキになって、お互い三日ぐらい口をきかなくなるのがお約束。
謝るのは決まって俺なんだけど。まあ、忘れた自分に非があるし。でもさ、丞もちょっとは言い方とか考えて欲しいよね。
ってのが同棲始めたころの俺たちだった。
三年経った丞はなんと俺の体を心配してくれるまでになりました。至さん、感無量。
「体調は平気。週末、絶対に埋め合わせさせて。丞の―」
俺の謝罪はそれ以上続かなかった。
強引な口づけに、頭の奥がじんと痺れていく。
「今すぐ埋め合わせしてくれ」
待ちくたびれた、と甘い声が俺の耳をくすぐる。
この三年で変わったことはもう一つ。
それは、丞が我慢をしなくなったこと。
この不器用で図体の大きい男は、「お前が誰と何しようが関係ない」とか平気なふりをして、俺から愛情をもらえないと拗ねたりする。意外と可愛いところあるんだよね。
そんな時、黙って不満を表すんじゃなくて、今みたいにちゃんと行動で表すようになった。だから、ソファもこの有り様で、愛されてんだなあって実感してる。
今夜も絶対にベッドまで行く余裕なんてない。残業続きだからあんま激しいのは無しで、優しく抱いて欲しい。と思ってるけど、たぶん無理だろうな。
それでさ、週末は一緒にソファを買いに行こう。スプリングがしっかりした、五年も十年も使えそうなソファを買って、これからもずっと俺を愛してよ。