俺の初恋が無理ゲーすぎる
2020年に発行した同人誌の再録です。
大学生×高校生パロ。外岡と至が仲良しです。
俺の初恋が無理ゲーすぎる
丞の部屋に入るなりロマンチックな雰囲気に浸る間もなく強制的にベッドに寝かされた。
夏用の薄い掛け布団の上にさらに裏起毛の毛布が掛けられる。
「薬飲んだほうがいいよな?」
ふるふると力なく頭を振る。
「学校で飲んできた」
身体が怠いのは解熱剤のせいもあるだろう。
丞のベッドで寝るなんて興奮して目が冴えてしまうかと思ったけれど、薬が効いているのか横になると強張った身体から力が抜けてうとうとしてくる。
「汗もかいてるし着替えたほうがいい。起き上がれるか?」
「え、いや、そこまでしなくていいって。寝てれば治るから」
「そうか……熱が下がったら家まで送っていく。それまでゆっくり寝ろよ」
「あのさ……」
「なんだ?」
「なんでこんなに親切にしてくれんの?」
ベッドに腰かけた丞の表情はつらそうで、まるで家族か恋人が倒れたかのように至を心配してくれている。
その優しさをどう受けとめたらいいのだろうか。
いくらはじめての恋に浮かれている至とて丞が自分を恋愛対象として見ていないことぐらい分かる。昔から無駄に綺麗な顔のせいで男女問わず好意を持たれたのでそういう類いの感情には敏感なのだ。
というか、丞は恋人の弟に手を出すような軽薄な人間ではない。ぜったいに。
しかし、そうはいっても『弟』に対する接し方にしてはどこか違和感がある。
「なんでって、彼女なんだから当たり前だろ」
「えっ?」
口元まで引き上げていた毛布から顔を出して小さく叫んだ。
真面目な顔で言われて、眠気どころか身体の怠さすら吹き飛ぶ。
丞の言葉から導かれる解答は二つ。
至を姉だと思っている、もしくは、知らないうちに丞と付き合っていた。
いや、どっちもありえないだろ。
ということは、これは笑えない冗談か?
返事に困っていると、丞がはっとして気まずい顔をした。
「悪い、いつもの癖が出た」
「く、癖?」
つまり誰かれ構わず優しくして相手を勘違いさせるほど女癖が悪いということだ。
男に騙された女が「優しくて王子様みたいな人だと思ったのに」と落胆する気持ちがよく分かった。
人を見た目で判断してはいけない。
ショックを受けて固まっている至を見て言い訳するように丞が言った。
「俺は役に入り込む癖があるんだ……」
「入り込むって、今のは演技ってこと?」
いったいどこからどこまでが演技だったのだろう。
自分に優しくしてくれたのも演技だったのかと思うと悲しくなってくる。
「いや、なんというか……演じてる役が乗り移ってるとでも言えば分かりやすいかもしれない。でも、茅ヶ崎が心配で声をかけたのは嘘じゃない。変なこと言って悪かったな」
「そう、なんだ」
嘘じゃない、というひと言が聞けただけでほっとする。演じてる役があるということは、丞は劇団かなにかに所属しているのだろうか。気になることは他にもあったが、さすがにしつこく訊くのは気が引けた。
「今は次の舞台の稽古中なんだ」
「丞って役者なの?」
「大学で演劇を学んでる」
丞が言うには趣味で色々な舞台を観ているうちに自分も演じたいと思うようになり、高校で演劇部に入ってさらにその魅力に取り憑かれ、進学先も舞台芸術が学べる大学に進んだらしい。気になって尋ねた大学名に至が意外そうな顔をすると、推薦入試を利用して芸術学部に入学したと教えてくれた。
「推薦じゃなかったら入れなかったかもな」
「あ、いや別にそんな意味じゃなくて……なんというかあそこの大学のイメージと合わないっていうか……」
普段から人と話すことに慣れていないので、会話のキャッチボールが上手くいかない。唯一の友人である外岡は、至がどんなに的外れな発言をしても笑って返してくれるから、丞と話すといかに自分がコミュ障なダメ人間か嫌でも自覚してしまう。
好きな人に嫌われたくないという純粋な恋心と生きている人間相手にちゃんとした会話をしたいという二重の苦しみに押しつぶされそうだ。
「確かに、うちの大学は商学部が有名だからな。在学中にベンチャーを立ち上げた先輩もいるし」
至の失態を特に気にする様子もなく丞が言った。
「あ、そうそう、派手に遊んでる学生が多いイメージ」
「じゃあ茅ヶ崎には俺が地味に見えるってことか?」
「え、いや、違う、そうじゃなくて……あの、」
しどもどろで答える至を見て可笑しそうに丞が笑った。
「冗談だ。茅ヶ崎は……そうだな、真面目そうに見えるな」
そう言われて至はびっくりした。
真面目だなんてとんでもない。
反論しようとしてはたと気づいた。丞は至の本性を知らないのだ。
丞に本性をバレたくない。
新作ゲームを一晩でクリアしたうえに縛りプレイで軽く十回は同じ作品をやり込むゲーオタで、二次元のキャラを心の嫁にするほど深く愛し、本当は姉の何倍も口が悪い陰気な性格だなんて知られたくない。
病弱なフリをしても、芝居を本格的に極めている丞には見破られてしまうだろう。そもそも病弱設定は他人を寄せ付けないために作られたキャラなので、誰かと密なコミュニケーションをとることに向いていない。着かず離れず、表面的な人付き合いをするためのキャラだ。
今、丞とこうやって向かいあっている自分は、壊滅的に会話が不得手なコミュ障で、鎧もなにも付けていない無防備な茅ヶ崎至だ。
これ以上ボロがでないように黙るしかない。怪しまれてもぜんぶ熱のせいにしよう。
本当の至を知ったら、丞は幻滅するだろう。
好かれなくてもいいから、嫌われたくない。
見た目は大人しそうなのに、中身は捻くれたオタクで、アイテムの入っていない空っぽの宝箱ぐらい残念な人間なのだから。
黙り込んでいると、至の具合が悪くなったのかと思ったのか、丞が心配そうに顔をのぞき込んできた。
「大丈夫か?」
「……うん」
口元まで毛布を引き上げながらこくりと頷く。
「俺の話に付き合わせて悪かった。今からちょっと出かける用事があるんだが、その間にしっかり休んどけよ」
至の頭をぽんっと優しく撫でると、丞は立ち上がって玄関のほうへ行ってしまった。
子ども扱いされているのに全然嫌じゃない。
触れられて、また熱が上がった気がする。
ドアが閉まり、鍵のかかる音が聞こえ、階段をおりる足音が遠ざかっていく。
ベッドに横になりながらぐるりと丞の部屋を見渡す。壁際に本や雑誌がみっちり詰まったカラーボックスが並んでいる。入りきらなかったものはフローリングに無造作に詰まれているから意外に大雑把な性格なのかもしれない。あとはテレビとローテーブル。
なんてことない普通の男子大学生の部屋だ。
白いレースのカーテンが外から差し込む強い日差しを和らげている。クーラーのモーター音以外はなにも聞こえない。この部屋だけ時間が止まってしまったかのような心地がする。
姉もこの部屋に来たことがあるんだろうか。
至と姉は違う。
顔は似ているが、他人と関わることが苦手な至と違い、姉は明るくて活発な性格で昔から人気者だった。人からどう見られるかより、自分がどうありたいかを信条とし、周りもそれを姉の個性だと認めてくれる。そんな太陽に祝福された人生を歩んでいる。
お姉ちゃんは愛想がいいのにね、と何度言われたことか。
美しい庭園でひときわきれいに咲いている花と日陰で萎れている雑草ぐらい違う。もはや別ジャンル、別世界、別宇宙に住む生命体だ。
その姉とまさか同じ人を好きになるなんて。
丞が姉のような女性が好みなら、はなからこの恋に望みはない。付き合いたいと勝負に挑む前から負けが確定しているゲーム。
こんな根暗な人間を好きになってくれる人なんていない。
毛布を頭までかぶってぎゅっと目を閉じた。
明るい世界で好きな人に愛されている姉が羨ましい。
これまで、多くの友人に囲まれている外岡や運動が得意な同級生を見ても、羨ましいと思ったことなどなかった。
なんでも話せる友人も運動神経も、至には必要なかったから。なくてもなんの問題もなく生きていけた。
羨むのは姉のようになりたいと憧れているからだ。
丞の隣を歩く自分を想像してすぐに打ち消すように頭を振った。
これは推しへの冒涜だ。
圧倒的にビジュアルが釣り合わない。
寝返りをうちながら両脚を抱えるように身体を折り曲げる。
ゲームの主人公ならここで秘められた能力が開花して窮地を抜け出すことができる。しかし、現実の至には聖剣を使える魔力もなければ、共に寄り添ってくれるグエンもいない。
自分がネガティブな性格だという自覚はあるが、恋愛においては生来の自信のなさからどこまでもマイナス思考になれるらしい。
うじうじと悩んでいると、吹き飛んだはずの眠気が徐々に戻ってきて、柔らかい夏掛け布団に包まれながら至は深い眠りに落ちた。