俺の初恋が無理ゲーすぎる
2020年に発行した同人誌の再録です。
大学生×高校生パロ。外岡と至が仲良しです。
俺の初恋が無理ゲーすぎる
「なんかルート分岐しすぎてエンドが見えねぇな」
至の話を聞き終えた外岡はストローをぐるぐる回しながら冷たいシェイクをかき混ぜた。
土曜日の午後。油と小麦粉と砂糖の甘ったるい匂いが充満する駅前のファーストフード店は混雑している。至は大通りに面したガラス張りの席に外岡と並んで座り、もう一時間以上もこの眺めのいい特等席を独占している。
「どのルートも死地だよ。無理ゲーすぎる」
冷めたポテトをつまんで口に入れる。
当たり前だが冷めた油と冷めたイモの味がする。
「自分の恋愛を無理ゲーって言うなよ。虚しいだろ」
「はぁ、やっちゃったな……」
丞に思わぬ告白をしたのは一昨日のこと。帰宅して急いで外岡に『誤爆した』とメッセージを送り、詳しいことは今日の模試が終わったら話すと伝えた。
ちなみに予備校の模試の手応えはまあまあというところ。
帰宅してから死にそうになるぐらい落ち込み、勉強に身が入らなかったのだが、これまでの貯金が役立ってそこまで悪い結果にはならない気がする。問題はこれからの受験勉強だ。
恋愛にも失敗し、大学まで落ちたらそれこそ笑えない。
「差し入れも渡せなかったし、最悪」
渡せなかった紙袋は今でも部屋の机に置いてある。
駅前のデパートで買ったなんてことない普通のクッキーだ。捨てるのは勿体ないので、自分で食べようかと思ったがそれはそれで虚しい。
「前向きに考えてみたら」
「ネガティブが血管に流れてる俺には無理」
「告白したんだろ?」
「うん」
「じゃあ、返事を確かめないとな」
外岡がテーブルに置いてあったスマホを手に取って画面をタップする。
「え、連絡先知ってんの?」
「千景さんに訊く」
「それだけはやめろ」
外岡の手をスマホごと握りしめる。しかし、握力の弱い至の攻撃を外岡はするっと交わすと無言で画面をスクロールしはじめた。
あの人にこれ以上借りを作ったらどうなるか分かったものではない。
「だめ。ぜったいだめ」
「相手だってチガと連絡とりたがってるかもしれないだろ」
「丞の口から付き合えないって聞きたくない」
「このまま放置すんの? お前はそれで受験勉強に集中できんの?」
もっともな意見だ。けれど、現実を受けとめたくないという気持ちのほうが強い。
丞は姉のボディーガードを引き受けていたと言っていた。元彼のストーキング行為が落ち着けば姉を自宅へ送り届けることもなくなり、至は丞と話す機会を失う。このまま顔を合わさなければ丞とのつながりはなくなってしまうだろう。けれど、会えばぜったいに告白のことを訊かれるに決まっている。
大好きな人から拒否されるのが怖くてたまらない。
「うわ、千景さんからもう返信きた」
「え、どうしよ。どうしたらいい?」
「俺に訊くな。ほら、連絡先送ったから。ちゃんと向き合えよ」
至のスマホが振動して外岡からのメッセージを受信したことを告げた。
「なんて言って聞き出したの?」
「差し入れ渡すのを忘れたから連絡取りたいって。嘘じゃないだろ」
嘘じゃないがまったくの本当でもない。
またひとつ千景に借りができてしまった。あの不適な笑みの裏でいったいなにを考えているのだろうか。
「チガはさ、なんでそんなに自分に自信がないの?」
「オタクでコミュ障だから」
「でも、俺はお前といると楽しいよ。みんながみんなお前の悪いとこばかり見てるわけじゃないだろ」
「まぁ、それはね……劣等感ってまわりがどうこうっていうより自分の問題だってのは分かってるんだけど、こういう考え方が癖になってるんだよね」
「拗れてんなぁ……」
至が捻くれた性格になったのは、姉と比べられてきたというより、それを自分のなかでうまく消化できなかったからだ。他人とコミュニケーションがとれないという劣等感が積み上がって、でもそれを認めるにはプライドが邪魔をして、性格や外見のせいにして自分の殻に閉じこもる。
だから姉から病弱キャラを演じる提案をされたとき、これは使えると思った。また逃げ場所ができた、と。
でも、どんなに陰気でダメな本性を隠しても、自分からは逃げられない。
丞と出会って、ありのままの自分を見せられないつらさを知ってしまった。
「俺は、お前が羨ましいよ」
窓ガラスの向こう側を見つめながら外岡が言った。
休日の駅前は人の流れが速い。待ち合わせしている人も、すぐに人混みに紛れて、また違う人がその場所に立っている。
「チガは自分のこと暗くてダメな人間だって思ってるけど、俺からすれば頭が良くてムカつくほど顔が良いただの会話下手なゲーオタだよ。それも凄腕のランカーで、ナイラングッズのコレクションだって俺より多いし、姉ちゃんきれいだし」
「え、それ褒めてんの? 最後のやついらなくない?」
「自分と他人の見え方は違うって話」
外岡が至を励まそうとしているのは分かった。褒められたのか貶されたのか不明だが、たぶん両方だろう。
「グエンは手の届かない世界にいるじゃん」
「それがどうした」
外岡は怪訝な顔をしながら冷めたポテトを口に入れた。
「グエンだけじゃないけど、俺の推しはぜったい画面から出てこない。だから安心感があるっていうか。自分の頭の中で理想のグエンを描いて、それだけで満たされる。でも、本当の恋って面倒だよな」
「チガ、面倒くさいゲーム得意じゃん」
外岡が笑ったので至もつられて笑ってしまった。
恋は面倒くさい。
数え切れないルート分岐があるくせにゴールがひとつじゃないから。
至が今まで選んできたルートは正しいのだろうか。それは恋愛だけの話に限らない。高校で病弱キャラを演じるとか進学先を決めるとか、生きている限りどちらの方向に行けばいいのか選択を迫られる。
果たして自分はどんなルートを選ぶんだろう。
メッセージの受信を告げる赤い点滅が妙に心をざわつかせた。