俺の初恋が無理ゲーすぎる
2020年に発行した同人誌の再録です。
大学生×高校生パロ。外岡と至が仲良しです。
俺の初恋が無理ゲーすぎる
茅ヶ崎至は恋をしたことがない。
しかし、高校三年生にして一生添い遂げると心に決めた相手がいる。恋愛未経験のくせにすでに結婚したようなものだ。矛盾しているように聞こえるが至本人はどこまでも本気である。
出会いは小学生のころ。今まで生きてきたのは彼女に出会うためだったと本気で感動した。次元の違いで触れることはおろか、会うことも話すこともできないけれど、彼女の強くて優しい性格と可憐な容姿に恋をした。至の理想のすべてが詰め込まれている、たった一人の心の嫁。
彼女以外に恋をするなんてありえない。
だから、現実世界で恋愛することはない。
ぜったいに。
そう思っていた。
今、この瞬間までは。
「ちょっと至、聞いてんの?」
「いた、痛いって」
姉に耳をぎゅっとつままれて至は悲鳴をあげた。
「なにぼーっとしてんのよ。ほら、あんたも挨拶しなさい」
「え、あ……茅ヶ崎、至、です」
「高遠丞だ。よろしく」
爽やかではきはきとした口調は、インタビュー慣れした芸能人を彷彿とさせた。どもりながらなんとか自分の名前を言えた至とはあまりにも対照的だ。
たかとおたすく。
心の中でこっそり呼んでみると驚くほどドキドキした。
胸が痛い。いや、痛いというよりびりびり痺れる感じ。
冷房が効いたリビングは寒いくらいなのに、頬が熱くて、身体中がぽかぽかして、ふわふわと浮いている感じ。
心地よくてちょっと怖い。
これってどういう感情なんだ?
ぼーっと立ちつくしながら、今まで摂取してきたありとあらゆる創作物が至の脳内をかけめぐる。漫画、小説、アニメ、映画。どれも必ずこういうシーンが出てきた。
至が陥った症状の原因はただひとつ。
姉の新しい彼氏に、一瞬で恋に落ちてしまったのだ。
なぜこんなことになってしまったのか。
話は五分前に戻る。
学校から帰宅するとめずらしくリビングに人の気配があった。父は仕事、母は趣味の習い事、姉は大学にいる時間だ。怪訝に思ってのぞいてみると、姉と彼氏と思われる男がL字型のソファーに並んで座っていた。
これ見ちゃいけないやつじゃん、と慌てて踵を返そうとするも、姉に見つかってしまい、「至、帰ってたの? ちょっと来て」という命令に逆らえず、捕らわれた罪人のような惨めな気持ちで二人のほうへ向かった。
そして、恋に落ちたのだ。
がっしりとした肩幅と丹念に鍛えられた身体は至の心の嫁と似ても似つかない。鼻筋の通ったすっきりとした顔立ちは可愛いより男らしくてかっこいい部類に入る。恋に落ちる要素はまったくない。
しかし、王子様のような笑顔で「はじめまして」と挨拶された瞬間、至は文字通り胸を打ち抜かれた。即死だった。対戦ゲームだったらスクリーン上に「YOU DIED」の真っ赤な文字が点滅している。
恋に落ちたほうが負け、とはよく言ったものだ。
小学生のころから拗らせている心の嫁、グエンへの思いはいったいなんだったのか。こんな一瞬で消えてしまうほど儚いものだったのか。所詮は二次元のキャラに対する幼稚な恋心だったのか。
いや、違う。グエンへの愛は本物だ。しかし、それは柔らかな羽毛布団のように至を守ってくれる優しいものだった。現実の恋は、慰めや救いにはほど遠い、まるで嵐の中に放り出されたような心地がする。
こんな衝撃は生まれてはじめてだった。
固まったまま黙り込んでいる至を整った顔立ちの男が訝しげに見つめている。
男で、しかも姉の彼氏だ。
『姉、彼氏、一目惚れ』で脳内検索すると、攻略方法どころかドラマ顔負けの醜い三角関係が出来上がってしまった。
検索語句を少しいじって『弟、姉の彼氏』にしてみる。さらに地獄が見えた。
恋愛経験ゼロな自分にはハードモードすぎる恋。
至の初恋は一目惚れから始まり、そして光の速さで終わりをむかえたのだった。