俺の初恋が無理ゲーすぎる

2020年に発行した同人誌の再録です。
大学生×高校生パロ。外岡と至が仲良しです。

俺の初恋が無理ゲーすぎる

 解熱剤が効いて平熱まで下がったにもかかわらず、「途中で倒れたら心配だ」と言って丞が車で自宅まで送ってくれた。丞の家を訪問するだけでなく彼のベッドを使わせてもらい、さらに車で帰宅の流れはまるでお泊まりデートのようで、漫画だったらここまでの展開で軽く二十巻は越えている。
 恋愛漫画と異なるのは、自宅訪問はただのアクシデントだし、ベッドに寝たのは自分だけという悲しい事実。そして、車で送ってくれたのはそこに恋心があるからではなく、ただ単に至の体調が悪かったからだ。
 丞が姉の恋人でなければ運命の出会いだと喜ぶところだが、王子様はすでに他人のもの。至は横恋慕する意地悪な隣国のお姫様ポジションだ。
「姉さんには今日のこと黙っておいて」と丞にお願いすると妙な顔をされ、とっさに「心配かけたくないから」と嘘をつくとそれもそうかと納得してくれた。
 姉の耳に入れば根掘り葉掘り聞かれるに決まっている。至は昔から姉の押しに弱い。おそらく自分に配分されるはずだったエネルギーを姉がすべて持っていってしまったからだろう。 
 弟とはかくも儚い生き物である。
 知恵熱と夏風邪のコンボで体調を崩した、と外岡に連絡すると、仮病じゃなかったのかと素っ気ない返信が返ってきた。なんだかイラッとしたのでグエンが涙を流しているスタンプを送ると珍しく電話がかかってきた。
『マジで風邪引いてんの?』
「マジのマジ。今週は学校行けないと思う」
『えっ、そんなにつらいのか?』
 柄にもなく心配そうな声に至はけろっとした口調で答えた。
「いや、久しぶりにノー罪悪感で欠席できるから積みゲー崩そうかなって」  
 大きなため息がスマホ越しに聞こえた。
『週末、お前の家行くから』
「なんで」
『話聞くって言っただろ』
 憶えていてくれたのかと驚くと、またため息が聞こえた。
 こんな自分と友人でいてくれる外岡は本当にいいやつだ。普通ならとっくに縁を切られている。
 週末、至の部屋に入った瞬間、外岡は珍妙な顔で立ち止まり、ベッドに仰向けになったままゲームをしている至をじっと見つめた。例えるなら道端でぺしゃんこになって干からびているミミズを見たときのような顔。もしくは買ったばかりのスニーカーに鳥の糞が落ちたときみたいななんとも言えない死んだ顔。
「なにその顔」
「相変わらず汚ねぇ部屋だなと思って」
「最近掃除してないからいつもより散らかってるかも。まぁ、ここらへんにでも座ってよ」
 ベッドの上に散乱している空のペットボトルやらコミックやらをばさっと床に落としてスペースを作った。細身の外岡ならこれぐらい狭くても座れるだろう。
「で、調子は?」
 外岡は床に散らばった靴下やコンビニの袋を器用に避けながら部屋を横断するとベッドの端にできた半円の空間に座った。
「熱は下がったから元気だよ」
「チガが風邪引くって珍しいよな。いつもは仮病だし」
「それがさ、丞の家から帰ったあとも丞のことばかり考えちゃうから頭冷やそうと思ってシャワー浴びたら湯冷めして風邪引いた」
「……もうどこから突っ込んでいいか分かんねぇよ。は? 彼氏の家に行ったってどういうこと?」
「正しくは姉貴の彼氏な。実はさ―」
 早退した日の出来事をかいつまんで話すと外岡は驚いた顔をして言った。
「その大学、うちのカテキョと一緒」
「え、マジで? 知り合いかな?」
 ゲームを中断して勢いよく起き上がった。
「どうだろ。あの人、院生だし」
「知り合いだったら丞の情報教えてもらおうと思ったけど、そんな上手い話にはなんないか」
 期待に膨らんだ胸がしゅんっと一気に萎んだ。
「なに、ついに略奪する気になったの?」
「いや略奪とか無理でしょ。俺はゲーオタでコミュ障で根暗。丞を誘惑できるスキルなんてないし。あと普通に姉貴の彼氏を盗ったら殺される。享年十八歳とか笑えない」
「じゃあ、どうすんだよ。このままストーカーにでもなんの?」 
「あ、それいいね」
「いや、よくないだろ」
 起き上がって胡座をかいている至に代わり、外岡がごろんとベッドに横になった。
 枕元に放置していた読みかけの漫画雑誌を興味なさそうにぱらぱらと捲り始めたので、至もゲームを再開しようとスマホに手を伸ばした。
「外岡は好きなやついないの?」
 先ほどプレイしていたゲームとは違うアプリを起動する。バトルをオートモードに設定できるので片手間でプレイするには勝手がよく、しかも無課金でかなりのレベルまで上がれるので、学生の財布に優しいゲームだ。ただしガチャの引きは最悪だが。
「高三の夏に恋するやつはいねぇよ。受験失敗するぞ」
「ロマンがないな」
「ロマンより進路だろ」
 そこで会話が途切れて至のスマホから流れる電子音と外岡が雑誌を捲る音だけが部屋に響いた。
 外岡の前ではキャラを取り繕う必要がないから楽だ。
 他人と距離を置くことが当たり前だった至にとって、外岡との出会いは突然異世界への扉が開いたのと同じくらい驚くべきことだった。今までひとりでプレイしていたゲームも誰かと一緒にやると新しい発見があって何倍も楽しい。高難度のステージや倒せない敵も、二人でああでもないこうでもないと悩みながらクリアすると、一人のときとはまた違う達成感があった。
 偏った性格してるよなぁ、と至はスマホ画面を見ながら思う。
 とにかく人生の最優先事項はゲーム。たまに勉強。そして漫画とアニメ。要領がいいのか授業を受けて教科書を読めばだいたいの科目で上位二割に入れる。試験の暗記科目もゲームのコマンドを憶える要領でこなせばなんとかなる。
 人生イージーモードに聞こえるかもしれないが、自分という器がダメすぎてなんの自信にもならない。
 アンタは顔だけはいいんだから、と姉によく言われるが、学校という閉鎖的な格差社会では顔がいいだけでは生きていけない。
 顔がよくて、かつ外岡のような社交スキルの合わせ技が必須なのだ。
 丞も高校時代はヒエラルキーの上にいたんだろうなと思う。あの顔で、あの体格だ。モテただろうな、と丞の制服姿を妄想していると、ベッドに俯せになって漫画を読んでいる外岡がぱっとこちらを振り向いた。
「そう言えば、前言ってた漫画の新刊買ったんだけど」
「だけど?」
「持ってくんの忘れた」
「なんだよ」
「だからうち来いよ。どうせ暇だろ」
 一瞬着替えるのが面倒だと思ったが、部屋にひとりでいてもどうせままならない恋について延々と悩み続けるだけなので、ここは外岡の誘いに乗ることにした。
 床に落ちている服を適当に拾って着替えると、
「そのシャツはやめろ」
 外岡が目をつり上げて叫んだ。
「なんでよ。きれいじゃん」
「清潔さは関係ない。問題はその柄だ。隣を歩く俺が恥ずかしい」
 びしっと至の胸元を指差すと、そこにはツインテールの少女が魔法の杖を持って笑っている。最近読み始めたラノベ小説のヒロインだ。
「外岡ってたまに意味分かんないよね」
 文句を言いながら白い無地の半袖シャツに着替え、ゴムが緩んだジャージを脱いでベージュのチノパンに履き替えると、ようやく外出の許しが出た。
 最近、自分の母親より外岡に世話を焼かれている頻度が多いのは気のせいだろうか。
 玄関を出たると、頭上には真夏の太陽が雲ひとつない空に輝いていた。
 よくこんな暑いなか歩けるよな、と横を歩く外岡の様子を覗うと、至と同じくらい汗をかいていた。そう言えば外岡が家に来てからまだ一時間も経っていない。
 もしかして、急に出かけると言い出したのは引きこもっている至を心配してのことだったのかもしれない。
 いい友人を持ったなと嬉しくなると同時に、気が利いて性格も明るい外岡に彼女がいないのを改めて不思議に思うのだった。

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