俺の初恋が無理ゲーすぎる
2020年に発行した同人誌の再録です。
大学生×高校生パロ。外岡と至が仲良しです。
俺の初恋が無理ゲーすぎる
「え、うわぁ、なにこれ……えええ…」
悲鳴のような声が聞こえて丞は重い瞼を上げた。
隣で寝ている恋人がスマホを片手で握りしめながら震えている。背中をこちらに向けているので表情は分からないが、またいつものガチャの引きがどうこうだろうと思い、丞は上掛けの下に隠れた細い腰に手を回して咎めるように引き寄せた。
「茅ヶ崎、眠い」
「あ、丞、起きてたの?」
「起こされたんだ。お前の声で」
「ごめんごめん」
至はまったく心のこもってない声で謝ると、「これ見てた」とスマホの画面を掲げた。ブルーライトの青白い光が夜明け前の薄暗い部屋の天井をぼんやりと照らす。
「これは……」
画面を見て思わず目を眇めたのは、眩しかったせいもあるが、すっかり忘れていた忌まわしい記憶が想起されたからだ。
「演劇部のインステ。なんか目が覚めちゃって投稿履歴さかのぼってたら発見した。似合うね」
至が意味ありげな含み笑いを寄こしたので、眉根にいっそう力が入った。
丞は画面から目を逸らすように至のうなじへ顔を埋める。至の肌は同じ男とは思えないほどなめらかで、どこか懐かしいにおいがする。付き合ったばかりのころ、本人にそれを伝えると「丞も同じボディソープ使う?」と言われて、そのあまりに純真な答えに毒気を抜かれた。あのとき至はまだ高校生だった。
「衣装係のいたずらだ」
「いたずらにしては気合い入ってない? どこからどう見ても染色体から女ですって感じの女装じゃん。ハッシュタグに丞の名前がなかったらスルーするとこだった」
「ヘアメイクの腕がいいんだ」
「腕がいいってレベルじゃないでしょ」
確かにうちの演劇部の衣装係とヘアメイクはプロ顔負けのセンスと技術を持っている。中世の複雑な形をしたドレスから特殊メイクまで、そのスキルの幅は広い。ただ、稽古の隙を見ては役者をおもちゃ―本人たちの言葉を借りれば実験台―にして楽しむ悪癖がある。才能の無駄遣いとはまさにこのことだろう。
「そんな昔の写真見てもおもしろくないだろ」
「おもしろいよ。俺と出会う前の丞ってこんな感じだったんだなって」
「お前と出会う前も出会った後も俺は男だ」
「あはは、それは知ってる。昨日も嫌というほど思い知らされたので」
「へえ、嫌だったのか」
「嫌じゃないけど」
丞の腕の中でくるりと身体の向きを変えた至と目が合う。
ほの暗い部屋でもこれだけ近ければお互いの顔がよく見える。眠そうに小さく欠伸をする至は気ままな猫のようで、分け目の乱れた前髪が額にかかり、目元が少し腫れている。
「丞の体力ってどんだけ底なしなの」
「これでも加減してるんだが」
「え、そうなの」
「あぁ。だからもっと体力つけろ」
「それは無理。これからも手加減よろ」
スマホの画面に視線を移した至の顔はライトのせいで漂白されたように白く、どこか人形を思わせる。
「この女装姿の丞、いまよりちょっと若いよね」
「新歓イベントのあとに撮ったやつだからな。もう四年ぐらい前か」
「あとこれ。ファンに囲まれてるやつ。横顔が幼い」
「はぁ、もういいだろ」
ため息をつきながらスマホを奪い、画面を下にして枕元に置いてしまうと、至が不満そうに頭を胸にすり寄せてきた。いつもはスマホが第二の心臓とばかりに抵抗するのに、今日はやけに大人しい。
「どうかしたのか」
「うーん、なんか不安なのかも」
「不安?」
「だって丞は来月卒業するし、そしたらあんまり会えなくなるなって」
「あぁ、なんだそんなことか」
「そんなことって……俺にとっては一大事なんですけど。丞みたいな男が社会に出たらどうなるか分かってる? 猛獣のような女たちがわんさか寄ってくるんだよ!」
「そうか?」
「そうだよ。そしたら根暗でオタクな俺に勝ち目はない。丞は己の魅力にもっと自覚を持つべき」
そんなことを言う至だが、丞と付き合いはじめた後、猛烈な勢いで受験勉強に励み、あっという間に学力を伸ばしたと思ったら、丞の通う大学より偏差値の高い私大に現役合格し、高校卒業と同時に病弱キャラから人当たりのいい王子様キャラに方向転換した結果、学内でファンクラブができたと聞いている。
千景が至の友人から聞いた噂を冗談半分で教えてくれたものだが、ファンクラブの有無はともかく、至が大学で人気なのは間違いないだろう。
「あぁ、もう、なんで一年はやく生まれてこなかったんだろう」
「そしたら大学も違うし出会ってなかったかもな」
「同じ大学に入るルートって選択肢はないの?」
「俺の偏差値じゃ無理だろ」
「じゃあ、丞があと一年遅く生まれて同じ高校に通うルートで。一緒にお昼食べたり、下校中に寄り道したり、休日はお互いの家で遊んだり」
「俺は高校も演劇部だから昼も放課後も休日も部活だ」
「夏休みは?」
「部活漬けだ。というか、俺と出会わないルートはないのか?」
「ないよ。だって俺たちが出会うのは運命だから」
さっきまで「会えなくて不安だ」とか「俺に勝ち目はない」とか言ってたくせに、ためらわず運命なんて言葉を口にする。
自信があるのかないのか相変わらずよく分からない性格だ。
「きっと丞が女でも一回り年上でも好きになってたと思うよ」
「一回り年下だったら?」
「大人になるのをゆっくり待つ」
俺好みに育成するのもいいかも、と楽しそうに続ける至がスマホに手を伸ばそうとするのを丞は見逃さなかった。
「あ、バレたか」
「こんな近くでバレないほうがおかしい。ほら、寝るぞ」
上半身をねじろうとする至を両腕で抱きすくめる。
「今日は走りに行かないの?」
「もうひと眠りしてからだ。たまには一緒に走るか?」
「いや、遠慮します」
そこで会話が途切れ、ようやく眠れると丞が目を閉じようとすると、「あ、そうだ」と至が思い出したように言った。
「丞、誕生日おめでとう」
「日付が変わったときにも言っただろ」
「一年に一度の誕生日なんだから何回言ってもいいでしょ」
そういうものだろうか。
もともと記念日に対する意識が低いうえに、自分の誕生日となると、今年もひとつ年齢を重ねたという以外、特に感慨もない。
「来年も再来年もこうやって祝えるといいよね」
「それは……ちょっと爛れすぎじゃないか」
「そういう意味じゃないって」
丞は情緒がないと言われて、前の恋人にも同じ言葉を投げつけられたなと思った。
「まぁ、丞のそういうところが好きなんだけど」
「変わったやつだな」
「そう、俺って変わってるんだよね。こんな演劇馬鹿を好きになっちゃうし」
「それも出会わないルートが考えられないくらいにな」
「そうだよ。どこにいても丞のこと見つけるし、好きになるから」
「すごい執念だな」
「でしょ。あきらめてね」
あきらめるもなにも、こちらから手放すつもりなんてない。
そういう態度で付き合ってきたつもりなのだけれど、丞が社会人になるのが不安だと言う至を見ると、もしかして伝わっていないのだろうか。
言葉が足りないのは性格なので仕方がないとは思うが―。
こういうときに相手を安心させる甘い言葉のひとつでも囁ければいいのだが、舞台を下りて芝居という鎧を身に着けていない自分には難しい。
そんな葛藤を知ってか知らずか、すでに寝息をたてはじめた至の額にキスを落として、丞はゆっくりと目を閉じた。
おわり
外岡は千景と同じ大学に通っていて、学食でご飯を食べているといつの間にか前の席に千景が座っているとかいないとか。
みんな幸せになってほしいと思って書いたお話でした。
同人誌をお手に取っていただいた皆さま、大変にありがとうございました。