LOVE YOU NEIGHBOR

2019年に発行した同人誌の再録です。
役者×会社員パロ。


 月曜日に出勤してスーツジャケットのポケットを確認したが鍵は見つからなかった。
 どこかに落としたのかもしれない。
 業者を呼んでドアを開けてもらうしかないと諦めかけていたら、昼休みに何気なく見ていた社内ポータルに「落としもの」の新着表示が出ていた。
 総務部に鍵が届けられているらしい。まさかと思って確認しに行ったらそのまさかだった。
「それ、俺の家の鍵なんだよね」
「え、そうなんですか。見つかってよかったですね」
 遺失物の担当は先日の社内合コンで一緒に抜け出した女性だった。
 あの日から何度か顔を合わせているが、特にしつこくされることもなく、社内の人間同士のあたりさわりのない関係に落ち着いている。
「見つからなかったら業者を呼ぼうと思ってたから安心した」
「家に入れないなんて一大事ですもんね。週末は大丈夫でしたか?」
「うん、ゆ…知り合いの家に泊まったから」
 思わず友人と言いそうになって咄嗟に言い直した。
 友人でもなければ、知り合いと言えるのかもあやしい。
 結局、土日は丞の家に泊まらせてもらった。
 最初は他人の家で過ごす緊張感や遠慮があったが、丞の「好きに使え」という言葉が効いたのか、すぐに寛ぐことを覚えてしまい、ベッドの上で丞の台本を黙々と読みながら週末を終えた。
 読み始めると舞台の台本はなかなか面白かった。丞は王子様とお姫様が出会うファンタジー風味の物語から現代劇まで、幅広いジャンルの舞台に出ているらしい。
 ストーリーが会話のみで進んでいくのでノベルゲーム感覚で読めるのも至の性に合っていた。
 我が家のように寛いでしまったが、今朝家を出るときにゴミはまとめて持ってきているし、部屋も至なりに掃除した。丞が帰宅しても不快にならないと思いたい。
「ここに受け取りの署名をお願いします」
 書類に名前を書いて鍵を受け取ると、女性社員がくすりと笑った。
「茅ヶ崎さんもそういうキーホルダーを付けるんですね」
 絶対に言われると思った。
 鍵には学生の頃から好きなゲームのキャラクターのキーホルダーを付けている。会社ではオタバレを避けて漫画やアニメには興味ありませんという雰囲気を出しているので、できれば誰にも見られたくなかった。
 高校時代、キーホルダーを付けた鍵を落としてオタバレしたことがある。あのときはうまくごまかせなかった。
 でも、至はもう大人だ。しかも商社の営業マン。
 この場を乗り切る言葉などすらすら口からついて出てくる
「親戚の子にもらったんだ。キーホルダーでも付けてたら鍵をなくさないかなって思ってたんだけど、ちょっと子どもっぽいよね」
 目を伏せて静かに笑う。
 至は笑顔のストックはいくつも持っていて、いつ、どこで、誰に、どんな笑顔を見せればいいのかよくわかっている。
 あんたの顔は武器なのよ、と姉から笑顔の特訓を受けた成果だ。
「いや、あの別に嫌味とかじゃなくて……」
「わかってるよ、でも内緒にしてくれると嬉しいな」
 今度は歯を少し見せて笑う。
 何度もうなずく彼女に「ありがとう」と言って総務部のエリアから営業部の自席に戻った。
午後の仕事をしながら、そう言えば鍵はどこに落ちていたんだろう、と不思議に思っていると、上司から会議資料に関する質問が飛んできて、疑問は頭の隅に消えてしまった。



 確実にストーカーだよな、と至は壁にぴったりと耳をつけながら嘆息する。
 丞が帰ってこない。
 地方公演は土日だけだと言っていたのに、もう二週間は帰宅していない。物音がぱったり途絶えたお陰で安眠できるのは嬉しいが、音が聞こえないとなんだか落ち着かない。
 今日は帰ってくるだろうか。
 家に泊めてもらったお礼に少し値の張る酒を買ってある。食べ物の好みが不明なので無難に酒を選んだ。以前、取引先の手土産に持っていったら喜ばれた焼酎なので味は保証済みだ。
 さっさと渡して泊まらせてもらった借りを返したい。
 帰宅するたびにストーカーのように丞の部屋の気配を探っているが、隣からはなんの物音も聞こえず、隣人の不在に胸がもやつく。
 こんなことなら電話番号をスマホに登録しておけばよかった。
 今夜も会えないのか、と少し残念に思っていると、至の心を見透かしたかのようにガチャリとドアの開く音がした。
 ぱっと壁から耳を離す。
 聞き慣れた足音。鞄を置いたのだろうか。ドサッと床になにかが落ちる音がする。そして、壁のすぐ向こうのベッドの上に座る音。白い壁をはさんだ先に丞がいる。
 その事実に改めて気づいて急にドキドキしてしまう。
 店で箱包装してもらった焼酎を持って行くと、丞は驚いた顔で至を出迎えた。
「なんだ、忘れ物か?」
「違う。これ、お礼に。泊まらせてくれてありがとう」
「これは……」
 丞が胡乱げに紙袋を受け取る。
「お酒。癖がない焼酎だから飲みやすいと思うよ。お酒苦手だったら友だちにあげて。泊まらせてもらってなにもしないのはちょっと気が引けて、お礼がしたかっただけだから」
 言い訳するように早口で言った。
 先ほどまで壁越しに物音を聞いていた罪悪感で丞の顔をまともに見ることができない。
 ストーカーみたいなことしてごめん、と心の中で小さく謝った。
「一緒に飲まないか?」
 部屋に戻ろうとする至を引き留めるように丞が言った。
 明日は土曜日だ。休日出勤の予定もない。
「別にいいけど……」
 本当は一緒に飲めたらいいな、なんて期待していたとは言えない。
 初対面のときの会話から嫌な奴だと決めつけいたけれど、泊まらせてもらった夜の思いがけない親切に加えて、部屋にあった大量の台本を読むうちに、彼のことをもっと知りたいと思うようになっていた。
 丞の部屋に入るのはこれで三回目だ。
 ちょっと待ってろと言われ、おとなしくローテーブルの前に座っていると、丞がグラスと氷の入ったボウルを持ってきた。
「ロックでいいか?」
「うん」
 手慣れた様子でお酒を注ぐのを至は不思議な気持ちでながめる。
 つい数週間前までは顔も知らなかったのに。しかも、その後の第一印象は最悪で、至は何度丞の引っ越しを願ったかわからない。
 なのに、成り行きとはいえ部屋で一緒にお酒を飲もうとしているのだから、人生とは予想外の出来事の連続だと思う。
 グラスを突き合わせて軽く乾杯する。
 喉から鼻へ爽やかに抜ける麦の香りに、この銘柄を選んで正解だと我ながら自画自賛してしまった。
「うまいな」 
「うん」
 丞の顔をちらっと見ると、相変わらず無表情だ。けれど、眉間のしわが少し緩んでいる気がして、うまいという言葉が嘘ではないとわかる。
 それ以上、会話は続かなかった。
 ちびちびと透明な液体を飲みながら営業マンらしく話の糸口を懸命に探ったが、丞を怒らせないためにも余計なことは言わないほうがいいかもしれないと思っていると、
「この前は、悪かったな」
 ぽつりと呟くように丞が言った。
 この前とはいつのことだろう。
 記憶を巡らせて、ようやくはじめて会ったときのことを謝っているのだとわかった。
「いや、あのときは俺も感情的になってたし……」
 素直に謝られるとどうにも調子が狂う。
「つむ…紬の言うとおりで、俺は役に入り込む癖があるらしくてな……気性の荒い役を演じると口調も乱暴になる。あの日は特に気持ちが入ってたから、お前に対してひどかったと思う」
 悪かった、ともう一度謝るとぐいっとグラスの中の液体を飲みほした。
 いい飲みっぷりだ。
 空になったグラスに手酌で焼酎を注ぎ、また黙ってちびちびと飲み始める。至の顔を見ようともしない。
 謝るなら人の顔を見て謝ればいいのに。至に対して「静かに生活しろ」と文句を垂れたときの勢いはどうした。
 もしかして照れているのだろうか。
 謝るために至を引き留めて、一緒に酒を飲んで、いざ謝ったら照れて黙り込むなんて、不器用な男だなあと思わず笑ってしまう。
「なんだ」
「なんでもない。確かにあの日の丞は怖かったよ。マジでヤバい職業の人なんじゃないかなって思った」
 ドスの利いた声は、いま思い出してもゾッとする。
「まあ、そういう役だからな」
「初対面なのに失礼なやつだなって思った」
 生活が雑だなんて至自身がよくわかっている。それを他人から指摘されてカッとなってしまった。丞だけが悪いわけではない。
「だから謝っただろ」
「嫌なやつだと思ってたのに、なんでか俺のこと泊めてくれるし」
 嫌味と優しさの絶妙なバランス。塩味濃いめのラーメンのあとに生クリームたっぷりのショートケーキを食わされたみたいだ。
「それはお前が困ってたからだ」
「丞って可愛いって言われない?」
 眉間のしわがきゅっと深くなる。
「…言われない」
「そう? あ、俺は謝らないからね。丞が先にディスってきたんだし、うるさいのはお互い様でしょ」
「お前……いい性格してるな」
 目を細めて極上の笑顔を作ると、丞は心底呆れたようにため息をついた。
 昔から飲み会が大嫌いで、誰かとお酒を飲んで楽しいと思ったことなどない。
 はやく家に帰りたい。ソシャゲのログイン報酬をゲットしてスキラゲ周回しながら撮り溜めたアニメを消化したい。帰りたい、帰りたいという呪詛を心でとなえ、笑顔で上司や同僚の愚痴を聞きながら、脳内でひとりひとり連続キルをかましていた。
 けれど、こんなふうに丞の部屋で二人きりで飲むのはすごく楽しい。
 こんな無防備な気持ちになるのははじめてだ。
 丞は至のだらしない生活や廊下でみっともなくすべって転倒しそうになった姿を知っている。だから、外見を取り繕わなくていいし、至の心に高くそびえる厚い壁で相手を牽制する必要もない。
 一度泊まったことがある部屋は自室のようにリラックスできる。
 つまるところ丞と一緒にいると楽なのだ。
 でも、楽なのに、なんだかドキドキするのはなぜだろう。
「おい、ぼーっとしてるが大丈夫か?」
「え、あ、うん」
 もやもやする感情をごまかすように焼酎を口に含んだ。
 氷が溶けて水っぽくなってしまっている。
「あ、そうだ。ひとつ謝んなきゃいけないことがあったんだ」
「なんだ?」
「あれ、読んじゃった。ごめんね」
 グラスを持っていないほうの手で向かいの壁を指差した。「台本か?」
「うん、この部屋テレビもなんもなくて暇でさ。半分くらい読んだかな。おもしろいね、舞台って」
 べたな恋愛ものだけでなく冒険譚や現代劇まで、いろいろな脚本を読んだ率直な感想だ。
 丞が書いた細かい書き込みもできるだけ読むようにした。動作や台詞回しについてのメモや、脚本家や演出家からの指摘。そういった脚本の内容以外の情報は、舞台のことなどなにも知らない至にとってとても興味深かった。
「俺はなにしてんだろうなあ、って思っちゃったよね」
 ぽろっと本音が出てしまった。
 アルコールは弱いほうではないけれど、会社の飲み会と違って気が緩んでいるのか、いつもより酔うスピードがはやい気がする。
「どういう意味だ?」
「丞は役者っていう仕事に真剣に向き合ってるんだなって。俺なんて毎日会社行ってなにしてると思う? 上司の言われたとおりに仕事しては怒られて、クレーム処理して、好きでもない飲み会に参加して……あーあ、人生が嫌になるね」
 大人げないことを言っていると思う。
 給料をもらっているのだから期待以上の仕事をするのは当たり前だと思うし、社会人三年目にもなってあまりにも幼稚な愚痴だとわかっている。しんどい、つらい、助けて、大人になればなるほど己れの弱さを叫ぶことが下手になる。
 いや、たぶん昔から下手だったのだ。それが大人になってさらに悪化した。
 子どものころはただ純粋に楽しくプレイしていたゲームも、いまではストレス発散や現実逃避の面が強くなってしまった。大人になっても仮想空間でしか本音を言えないのは、心が大人になりきれていないのだろう、と冷静に自分を分析してみる。
「俺は企業で働いたことがないからわからないが、毎日同じ場所に同じ時間に行って決められたルールのなかで生きるのは誰でもできるわけじゃないと思うぞ」
 呆れるでも馬鹿にするでもなく丞は淡々とした口調で言った。
 グラスから唇をはなして丞の顔をまじまじと見つめてしまう。相変わらず表情が読めない。
 意外だった。
 もっと辛辣な言葉が返ってくると思っていた。至のガキ臭い文句なんて一蹴されると思っていた。なのに、丞はきちんと至の苦しみに向き合ってくれようとしている。
 へたに同情されるより何倍も嬉しい。
「なんだ、その顔は」
 ぽかんと開いた口を慌てて閉じた。
「…ありがとう」
「礼を言われるようなことじゃない。それに、俺だって舞台に立つのが嫌になるときだってある」
「そうなの?」
「ああ。ロボットじゃないんだ、喉の調子が悪くなることもあるし、感情が乱れるときもある。ただ、プロとして恥じない演技をしたいという気持ちだけは持ち続けてる」
 至からすればそういうマインドを持てること自体すごいと思う。生きることに対してのモチベーションが違うんだよなあ、と日々漫然と流されるように働いている自分に対して少しだけ自虐的になる。
「前言撤回。丞は可愛くない」
「は?」
「丞はかっこいいよ。俺が保証する」
「お前に保証されても嬉しくない」
「えーなんでよ。この俺がかっこいいって言ってるんだよ? 自慢じゃないけど俺って顔だけはいいし」
「ああ、確かにお前の顔はきれいだな」
 きれいだな。
 物心ついたから何度も聞いた言葉だ。男も女も至の顔を見れば二言目には「きれいだね」「美人だね」「かっこいいね」……もう聞き飽きたと思っていた言葉を、「あしたの天気は晴れだな」みたいな口調で言われて、不覚にも顔が熱くなってしまう。
 これは酒のせいじゃない。
 いや、酒のせいかもしれない。お願いだからそうであってほしい。
 心がざわざわする。
 これ以上、丞と一緒にいたら駄目だ。
「帰る」
 勢いよく立ち上がるとくらりと目眩がした。
 思ったよりアルコールがまわっているらしい。
「おい、急に立ち上がるな。危ないだろ」
 ふらつく身体を支えるように丞が抱き留める。
 頭がぐらぐらしてまっすぐ立つことができない。丞の胸に身体を預けてようやく立っていられる状態だ。
 あの日、紬の手を取って逃げようとしたとき、すべって転びそうになったのを丞が助けてくれた。あのときと同じ体勢。
ばくばくと心臓がうるさい。
「かえる、かえるから」
 舌が重い。喉の奥になにかが詰まっている感じがする。口からこぼれた声が妙に甘ったるくて自分が発したものとは思えない。
「こんな状態じゃ帰れないだろ」
「やだ、かえる」
 一歩踏み出そうとするたびに丞の腕の力が強くなる。上半身を固定されて動けない。駄々をこねるように身体を捩っても、さらにぎゅっと強く抱きしめられるだけだった。
 至より背が高く、日々鍛えているらしい丞に力で敵うはずがない。
「今日は泊まっていけ」
「やだ」
「ベッドまで運んでいってやるから」
 ふわっと身体が浮いて、あれっと思ったときにはもう柔らかい布に包まれていた。
 低い枕。パイプの軋む音。頭を撫でる大きな手。
 家に帰らないと。このまま寝てはいけない。また丞に迷惑をかけてしまう。
 眠気と酔いが合わさって、頭のなかがとろりと溶けていく。
「まったく……」
 丞の険しい声が落ちてくる。ごめん、と謝ろうとしたけれど呂律のまわらない舌っ足らずな声になってしまう。
「ごめ…、たす、く」
 瞼が重くてたまらない。
「ふっ…寝顔は案外可愛いんだな」
 誰の寝顔が可愛いって?
 聞き返すことができないまま至は意識を手放した。



「俺、なんかやらかしましたね?」
「……見てのとおり俺のベッドを占領してるな」 
「それについては大変申し訳なく思っております」
 ベッドの上に正座して深々と頭を下げた。
 朝日が差し込む明るい部屋で丞が目を眇めて至を見下ろしている。タオルを首に掛けているのはシャワーを浴びたあとだからだろう。髪も濡れていて、前回泊まったときに至も使ったリンスインシャンプーのさわやかな香りが漂ってくる。
 昨夜一緒に飲んだところまでは覚えている。
至が酔っ払って丞のベッドの上で寝てしまったことも。しかし、記憶が断片的で所々自分の言動が曖昧だ。
 なにか変なことを言ったりしていないだろうか。
 それこそ抱きついたり、キスしたりという類いの行為をしていたら、恥ずかしすぎてもう二度と丞に顔向けできない。
「酔っ払いの世話は慣れてる。飲み過ぎるなよ」
 わかりました、という意思表示にもう一度ぺこりと頭を下げる。
 心底呆れているようだが、怒ってはいないようだ。とりあえず丞の逆鱗に触れるようなことはしていないようでほっとする。
「いま何時?」
「八時だ」
「はやい。まだ寝たい」
「寝るなら自分の部屋に帰れ」
 ベッドに寝転がりそうになるのをたしなめられた。
 社会人になってから休日出勤を除いて土曜日の朝八時に起きたことなどない。新作ゲームに夢中になって夜の九時から翌日の昼まで延々とプレイしたことはあるけれど、休日に朝日を浴びるなんて久しぶりすぎる。
 早起きしてシャワーまで済ます丞の健康的な生活が眩しい。
「じゃあ、家に帰って二度寝しようかな。丞、今日ってあいてる?」
「特に用事はないが」
「じゃあ、ご飯おごらせて。また泊まらせてもらっちゃったし。迷惑かけてごめんね」
 生活こそだらしない至だが、やはり営業職を四年も続けているだけあって礼儀は重んじるほうだ。非礼があったらまず謝る。そして次の対応を考える。そのほうが相手も自分も気持ちがいい。
「なにか食べたいものある?」
 この体格だからやっぱり肉系かなと思っていると、
「……冷やし中華」
 とほんの少し気まずそうに言った。
 表情は無愛想なままなので声音でしか判断できないが、これは相当好きなのではと至の勘が働く。
 なんか意外だな、という言葉はぐっと飲みこんだ。
 確か駅前の中華料理屋に通年で注文できる冷やし中華のメニューがあった気がする。
 昼頃にインターフォンを鳴らすからと約束して丞の部屋をあとにした。
 部屋に戻り、シャワーを浴びて頭がすっきりすると、昨日の記憶が蘇ってきてじわじわと恥ずかしくなってきた。
 俺、仕事の愚痴を言った挙句、酔って丞に抱きついてなかった?
 愚痴をこぼしたことだけでも恥ずかしいのに、人の家で酔って介抱されるなんて羞恥の極みだ。腕を掴まれた感触がやけにリアルでシャワーを浴びたあとの火照った身体がさらに熱くなる。
 それに、これは本当に思い違いであってほしいのだけれど、あいつ俺をお姫様抱っこしてなかった?
 やらかしてしまった。
 これまで酒で失敗したことなんてなかったのに、よりによって丞の前で醜態をさらしてしまうなんて。
いったいどんな顔をして中華料理屋でご飯を食べればいいのだろう。
 とりあえず、寝よう。
 寝てから考えよう。
 至は現実から逃げるために布団を頭からすっぽり被って二度寝に突入した。

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