LOVE YOU NEIGHBOR

2019年に発行した同人誌の再録です。
役者×会社員パロ。


『めんっっっどくさ』
 顔は見えなくても電話の向こうで幸がいまどんな表情をしているのか想像できた。
 ひとりで悩むのに耐えきれず、救いを求めるように幸に電話をして事の経緯を丞への不満とともにぶちまけた。
 うざがられるのはもとから承知の上だ。
「どうせ俺は面倒くさいですよ」
『アンタもだけど相手の男もね』
 丞が引っ越しを考えてることを知ってから、至の感情はまるで難破船のようにぐらぐら揺れている。
 引っ越しすることを黙っていた丞に対しての怒り、もう頻繁には会えなくなるという寂しさ、たかが引っ越しで動揺している自分の弱さ、いろんな感情がごちゃ混ぜになって泣けばいいのか落ち込めばいいのかわからない。
 あまりにも丞のことが理解できなくて、あいつは宇宙人で、人間の心を持っていないと言われても納得してしまう。それほどあの男は意味不明だ。
 なんであんな男を好きになってしまったんだろう。
 もはや自分の気持ちが一番理解できない。
 こんな理解不能な感情を抱えたまま生きていくのは無理がある。
「なんかもうしんどい……」
『あの男も肝心なこと言わないのが悪いけど、至ももっと積極的になったほうがいいと思う。うじうじ悩むくらいなら告れば?』
「それは無理」
『なんでよ』
「……嫌われたくない」
『どうせ相手が引っ越したら会わなくなるんだから、ふられても嫌われても別にいいでしょ。さっさと気持ちに区切りをつけたほうがよくない?』 
 幸の言うとおりだった。
 丞のことばかり考えて疲弊しているこの状況は精神衛生上よろしくない。
 ふられることを想像したら胸がちくりと痛んだ。
 丞と会えなくなることも悲しいが、いままで築いた関係が壊れるのはもっとつらい。
 告白すれば、好きな人だけでなく、友人も失うことになるのだ。
 夜はコンビニ弁当をひとりで食べ、週末は朝から晩まで家に引きこもってゲームをする。学生時代から慣れ親しんだ生活スタイルは、丞がいないというだけでひどく寂しくて味気ない。
「覚悟決めるしかないのかなあ」
『ふられたら臣と一緒に慰めてあげるから。まあ、たぶん大丈夫だと思うけどね』
「え、なにが?」
『なんでもない。せいぜい頑張りなよ』
 これから出かける用事があるから、と幸が通話を切ると、部屋の中はしんと静かになった。
 隣の部屋からも物音は聞こえない。公演期間中だから丞は寮に泊まっているはずだ。
 明日は先週丞に「あいているか」と訊かれた日曜日。
 この気持ちに決着をつけるいい機会かもしれない。
 幸の言葉に背中を押されながら、至は『明日、あいてるよ』とLIMEを送った。
 返信を確認するのが怖くて、ベッドの上にスマホを放り投げ、そのまま大の字で寝転がって天井を見上げる。
 さあ、無様にふられてやろうじゃないか。



 まさか駅前に集合とは思わなかった。
 朝起きて丞のLIMEをチェックしたのは待ち合わせ時間の三十分前。顔を洗って適当に選んだ洋服を着てダッシュで駅に向かった。
 こんなに走ったのは久しぶりだ。運動音痴の自分が駅まで転ばなかったのは奇跡に近い。
「大丈夫か?」
 丞はすでに駅の改札口前で待っていた。
「な、なんとか」
 ぜえぜえと息を切らして、肩で呼吸をするたびに眼鏡が顔からずり落ちそうになる。
 未だにコンタクトケースは見当たらず、使い捨てレンズを買うのも面倒で、結局眼鏡生活を続けている。丞と出かけるなら億劫でもレンズを買っておけばよかった。
 まだ告白すらしていないのにすでに惨めな気分だ。
「で、今日はどこに行くの?」
「言ってなかったか? これだ」
 丞の手に握られているチケットを見て至は腰を抜かしそうになった。
「それ、ゲームショウの……」
「行きたいって言ってただろ。劇団にこういうイベントに詳しいやつがいてチケットが取れないか頼んだんだ」
「詳しいって……これ招待チケットだよ? 業界でもあんまり出回らないのに」
『たるち』として運用しているSNSのアカウントでは、フォロワーたちが昨日から開催されているゲームショウの話題で盛り上がっていた。タイムラインには有名実況者を交えたトークイベントのレポや、生対戦の結果、老舗メーカーの新作ゲームなど次々に新情報が流れている。
『たるち』宛てに今年も対戦イベントのオファーがきていたが、丁重にお断りした。もちろん本音を言えば参加したい。でも、大きな会場で歓声を浴びながらの対戦はダルいし、なによりマスクをしていても人前に出るのは嫌だった。
「ちゃんと正規のルートで取ったチケットだから安心しろ。で、行きたいのか? 行きたくないのか?」
「行きたいです」
 イベントに参加できることも嬉しいが、丞が至との会話を覚えてくれたことに有頂天になってしまう。
 丞はゲームやアニメの話なんて興味がないはずだ。それなのに、わざわざ知り合いに頼んでまでこんな入手困難なレアチケットを用意してくれるなんて。
 嬉しい。顔がにやけてしまうくらい嬉しい。
 本当に単純だ。引っ越しの件で悶々と悩んでいたのに、こうやって丞から歩み寄られると、すべてどうでもよくなってくる。
 好きはなんて厄介な感情なんだろう。
 丞の言葉や態度に翻弄されたくないのに、好きな気持ちが強すぎて、最後は「ああ、やっぱり好きだな」のひと言に納まってしまう。
 初恋にして超ハードモードな恋をしている自覚はある。
「会場は電車で一時間くらいか」
「そうだね。着くころには開場直後の混雑もだいぶ緩和されてると思うよ」
 告白という一大イベントが待っているものの、これはもはやデートと言っても過言ではない。嫌なことは先延ばしにするタイプなので、とりあえず今日はできるだけ丞との時間を楽しみたい。
 ふられるのは帰りの電車から下りたときでいい。
「あっ……」
 ICカードが入っている財布を取り出そうと肩に掛けたメッセンジャーバッグを探る。
「どうした?」
 至の数歩先を歩いている丞が振り返った。いままさに改札を通り抜けようとしている
「……財布、忘れた」
 慌てて家を出たから会社の鞄から財布を取り出すのをすっかり忘れていた。
 ICカードはスマホと同期してあるので電車は乗ることができる。コンビニでの買い物も可能だし、近場に出かけるには問題ないだろう。しかし、今日はイベント会場で物販に並ぶつもりだった。グッズを買うとなるとそれなりの金額になるから、やはり現金は必要だ。
 いまから家に戻り、次の電車に乗ってもイベントには間に合うはず。
「ごめん、丞はここで待ってて。すぐに戻ってくるから」
 アパートまでの道を引き返すために走り出す。
 体力のゲージはすでに空っぽだが、ここはもう一度本気を出すしかない。
「おい、そんなに焦るな。ただでさえお前はよく転けるんだから」
 がしっと腕を掴まれて後ろに引き戻される。危うく背中から倒れそうになったが、丞の身体が支えになった。
「丞の前で転けたのあの一回だけじゃん」
 あの時もいまと同じ体勢で抱き留められた。
 思い出して耳がかっと熱くなる。
「たまに部屋でも転んでるだろ。音でわかる」
 隣の部屋の物音が聞こえるということは、至の生活も向こう側へ筒抜けだということだ。
 床に散らばった漫画本を踏んで足を滑べらせる。テーブルの角に指をぶつけてバランスを崩す。寝起きでぼーっとしながら壁にぶつかる。そんなみっともない姿がバレていたとは。
「ちょっと、勝手に聞くなよ!」
 恥ずかしさに声を荒げてしまう。
「聞こえてくるんだからしょうがないだろ。ほら、はやく戻るぞ」
 どうやら丞も一緒にアパートに戻ってくれるらしい。
 優しいんだか意地悪なんだかわからない。
 わからないけれど、至の隣を歩く丞は悔しいほど格好いいので、「ああ、やっぱり好きだな」と心の中で白旗を振るのだった。



 ドアノブを回して手前に引いてもドアは開かなかった。
 あれ、と不審に思う。
 鍵を開けたつもりが閉まってしまった。つまり、至が戻ってくるまでドアに鍵がかかっていなかったということだ。
 慌ただしく靴を履いて玄関から飛び出したけれど、鍵を閉めた記憶はしっかりと残っている。確かにキーを鍵穴に差し込んで左に回した。
 開いていたはずがない。まさか、空き巣だろうか。
「どうした? また鍵でもなくしたか?」
 至の後ろに立っている丞を振り返る。
「鍵が開いてたんだよね……」
 心なしか小声になる。
「えっ」
「確かに閉めたのに、いま開けようとしたら鍵がかかっちゃった」
 状況を把握した丞が顔を顰める。
 空き巣だとしたら犯人はまだ中にいる。このまま入っていくのは危険だ。もし相手が襲いかかってきても力の弱い至では太刀打ちできない。
 警察を呼んだほうがいいかもしれない、と至が考えていると、
「鍵、貸せ」
 丞が至の手から鍵を奪ってドアを開けてしまった。
「丞、危ないって」
 至の声を無視して丞は部屋のなかへ突進していった。
 そう、それは突進という言葉がぴったりだった。まったく迷いがなかったからだ。フットサルの試合のときのような素早さ。玄関先で動けない至を置いて、まったく迷うことなく土足で部屋のなかへ入っていった。
「おい、なにしてるんだ」
 半開きのドアの向こうから丞の怒声が響く。
 やっぱり誰かいたのか、と途端に恐怖で足が震えてきた。
 部屋に入るのが怖い。でも、自分の部屋で起きたことなのだから、なにもかも丞任せにしてこのまま外で待っているわけにもいかない。
 様子を確かめるために、至も恐る恐る室内に入る。
 短い廊下とワンルームを隔てるドアの前に丞が立っていた。ひろい背中に遮られてなにが起きているのかわからない。肩越しから背伸びをして部屋をのぞくと、そこには思いがけない人物がいた。
「茅ヶ崎、知り合いか?」
「うん、会社の……」
 至の私物が散乱した床にへたり込んでいるのは総務部の女性社員だ。合コンを途中で一緒に抜け出した大人しい雰囲気の子。丞の声に驚いて動けないのか、一時停止した画面のような生気のない顔でこちらを見上げている。
 なんで、どうして俺の部屋にいるんだろう。
 当然の疑問がわき上がる。
 他人が自分の部屋にいる状況に頭がついていかない。
 そもそもどうやって俺の家の鍵を―。
「……もしかして合鍵作ったの?」
 声が震えた。
 怯える瞳と目が合って確信する。
 スーツジャケットを会社に忘れた日のことが強烈に蘇ってくる。鍵を忘れて、家に入れなくて、丞の家に泊まらせてもらった。土日は丞の家で過ごして、週明けに出勤すると総務部に鍵が落としものとして届けられていた。総務部に行くと彼女が鍵を持ってきて―。
「おい、なんか言ったらどうだ」
 丞の剣呑とした声に女性社員は肩をびくりと震わせた。
 必死に涙を堪えていたのだろう。
張り詰めた糸が切れたようにわっと泣き始めた。
 役者として鍛えてきた丞の声は低くて太い。筋トレが日課なだけあって体格も普通の成人男性より何倍も逞しい。怖いだろうな、と被害者は至なのに目の前で泣き崩れる女性に同情してしまった。
「丞、声が怖いよ」
「なんで俺が怒られるんだ。悪いのはあっちだろう」
「まあ、そうなんだけどさ」
 合鍵を作って不法侵入したのだ、責められて当然だろう。
 まさか自分にこんな災難が降りかかるとは思ってもみなかった。そこそこ顔がいい自覚はあるが、周りは至の容姿を遠目からながめて楽しんでいるだけだったので、しつこい告白やストーカー、私物の盗難とは無縁の人生だった。
「ねえ、なんでこんなことしたの?」
 丞の後ろから抜け出して、相手の視線に合わせるように床に膝をついた。
「……っき、なんです。茅ヶ崎、さんのことが……」
 両手で顔を覆い、くぐもった呻き声で告白された。
「俺たちそんなに接点ないよね」
 合コンでたまたま隣の席になっただけだ。帰り道を一緒に歩いたのはほんの五分ほどで、社内でも顔を合わせれば挨拶する程度の関係。
「だって、笑ってくれたじゃないですか」
 顔を上げてどこか挑むように叫ぶ。
 化粧っ気のない顔は涙でぐっしょり濡れている。
「笑って……って、いつ?」
「あのとき、隣に座ったわたしに笑いかけてくれましたよね? 笑ってくれて、それで、好きだって思っちゃったんです……いままで、だれも、あんな笑顔を私に向けてくれたことなんてなかった…茅ヶ崎さんがはじめてだったんです」
 あのときとは合コンがあった夜のことだろう。
 一刻も早く家に帰りたくて、彼女をダシにして店から出たのだ。笑顔で押し切るようにして。
 笑ったのはそうすればスムーズに事が運ぶと思ったからだ。 
 ただただ早く家に帰りたい、合コンを抜け出したい、ひとりになりたいと思っていただけで、彼女の気持ちなんてなにも考えていなかった。
「ジャケットに入ってた鍵で合鍵を作ったの?」
「そうです……オフィスの施錠をするためにフロアを確認してたら、茅ヶ崎さんのジャケットが目に入って……」
「もしかして、最近よく物がなくなるのは君のせい?」
 力なくうなずいた。
 涙に濡れた黒い髪が頬に張りついている。
 土日はだいたい家にいるので、平日の日中、おそらく仕事を休んでこの部屋に侵入していたのだろう。いったいどのくらいの物が盗まれたのか見当もつかない。カップやジャケット、コンタクトケース、おそらく至が把握できていない物もあるはずだ。
 合コンの帰り道、家が近所だと言っていたのは、もしや至の住所を調べてわざわざ越してきたのだろうか。何ヶ月にもわたってストーキング行為をしていた可能性もあり、自分の生活を誰かに監視されていた恐怖に背筋が冷える。
「だめだってわかってたのに……茅ヶ崎さんのことを好きになればなるほど止められなくなって……」
 たった一瞬で人は恋に落ちる。
 それを至は知っている。
 フットサルの試合で丞への気持ちを自覚したときの自分がまさにそうだった。
 接点なんかなくても、話したことなんかなくても、恋に落ちるときは落ちるのだ。理屈で考えてはいけない。
 彼女のやったことは褒められるべきことではないし、正直ここまで執着されて怖いとも思う。
 けれど、好きな人を思う気持ちは理解できた。
「茅ヶ崎、なに絆されそうになってるんだ。不法侵入は犯罪だぞ」 
 丞から苦々しい口調でたしなめられる。
 まるで至の心中をすべて見透かしているかのようだ。
「そうだけど……」
「俺は、好きなやつを困らせるような愛し方を正しいとは思わない。こそこそ家に入って物を盗んで、そんなのは自己満足だ。アンタにこいつを好きだなんて言う資格はない」
 至になにを言っても無駄だと思ったのか、丞は矛先を女性に変えて淡々と正論を浴びせた。
こんなに冷たい声で責められるなら、素手で殴られたほうがまだマシだ。
 力なく項垂れる女性は返す言葉もないようで、鼻を啜る音が室内に響く。
 好きな気持ちに振り回されて、自分を見失って。かわいそうだと思う。かわいそうだけれど、やはりけじめはしっかりとつけておくべきだ。
 ここで至が曖昧な言動をとった場合、さらに状況が拗れる可能性がある。
 彼女のためにも至から引導を渡すのが正解だろう。
「盗んだ物は返さなくていいから、合鍵だけもらってもいいかな? 警察にも会社にも黙っておく。誰にも言わない。だから……もう二度と俺に話しかけてこないで」
 もし自分が丞に「話しかけるな」なんて言われたらきっとショックで寝込む気がする。昔から弱いメンタルがさらにズタズタになってぼろ雑巾に成り果てるだろう。
 彼女はのろのろとして手つきで肩にかけた小さな鞄から鍵を取り出すと、それを床に置いた。
 至が手に取るのを確認してゆっくりと立ち上がる。
 小さくお辞儀をして、丞の横を通り抜けて玄関へ向かう。
 歩くたびに白いスカートの裾が力なく揺れる。まるで幽霊のような後ろ姿だ。
 ドアが閉まった瞬間、至はその場に仰向けで倒れ込んだ。背中にごつりとあたって痛いのは予備のコントローラーだろう。
「おい、大丈夫か?」
 めずらしく心配そうな顔で丞が近寄ってくる。
「だいじょーぶ。足が痺れただけ。いやそれにしても、めっちゃびびったわ。ストーカーとか生まれてはじめてなんだけど」
「そう頻繁にあってたまるか。というか茅ヶ崎、お前は甘すぎる。これからも同じ会社で働くんだろ? またなにかあったらどうするんだ」
「平気でしょ」
「お前なあ……」
 床に寝そべっている至の横に丞が腰を下ろす。
 見上げると険しい顔の丞と目が合った。
「恋する人間の勘ってやつ。好きな人間から真っ向から拒絶されたら落ち込むか逆ギレするかどちらかだと思うんだけど、あの子は前者かな」
 頬を真っ赤にして泣いていた。
 恥ずかしさとうしろめたさ。好きな気持ちを諦めきれない惨めさ。それらすべてが混ざった顔。
 もうこれ以上至に嫌われるようなことはしないし、できない気がした。
「恋? お前、好きなやつでもいるのか?」
「いますけど」
 いま目の前に座ってるお前だよ。
 心のなかでならいくらでも告白できるのに。
 なんなら告白以上の妄想だってしたこともある。成人男性なのだからそれぐらいは当たり前の生理現象だ。 
「……伏見か?」
「は? 臣?」
 なぜ唐突に臣の名前が出てくるのかわからない。
「やっぱりあいつが好きなのか?」
「はあ? そんなの天と地がひっくり返って太陽が西から上って月が二つになってもあり得ないよ。臣はただの幼馴染みだって言ったじゃん」 
 臣と幸が引っ越し祝いをしてくれた日、地方公演から戻った丞とアパートの下で会ったときに言ったはずだ。
 そのあと急に丞が不機嫌になって、しばらく落ち込んだことを思いだす。
 思い返せば丞に振り回されてばかりだ。好きな気持ちを操縦できずに、いつもあたふたしている。感情をコントローラーで操作できたら楽なのに、というゲーマーらしい自分の発想に笑ってしまう。
「なに笑ってるんだ」
「なんでもない。好きな人は臣じゃないよ。っていうか丞って臣のこと気にしすぎじゃない? あ、もしかして嫉妬してるとか? なーんて、そんなわけ―」 
「嫉妬して悪いか」
 口を開いたまま丞の顔を凝視する。
 表情筋はぴくりとも動いていない。さすが役者だなあ、と変なところで感心してしまう。
「あはは、なに言ってんの。冗談きついって」
「俺は冗談でこんなことは言わない」
「いや、そんな断言されても。えっ? 丞が嫉妬って、そんなの、それって、え、…………それってどういう意味?」
 混乱しながら半笑いで問うと、
「こういう意味だ」
 丞の顔が急接近してきた。
 反射的に目を閉じてしまう。
 眼鏡が外されて、そのあとになにが起こるのか。そんなのは恋愛初心者の至でもわかる。
 やわらかな感触は一瞬で、唇が離れたのと同時に目を開くと、至近距離で目が合って咄嗟に丞の顔を両手で押しのけてしまった。
 丞の手から眼鏡が落ちる音がする。
「な、なんで……」
「好きだからだろ」
 どうしてそんな簡単に言えてしまうのだろう。
 自分はそのひと言が言えなくて、苦しくて、悩みまくっていたというのに。
「丞が俺を好き……えっ、なんで?」
「なんでなんでってお前は子どもか」
「だって―」
 信じられない。
 こんな奇跡みたいな現実を信じることができない。
「はあ……好きな理由を言えばいいんだな? そうだな、お前は口は悪いし、朝も弱いし、毎日毎日バタバタうるさいし、いつもゲームばかりして、」
「それ普通に悪口じゃん」
「最後まで聞け。俺はこういう性格だからな。あまり笑わないし、融通もきかない。だからふにゃふにゃだらしないお前が一緒にいてくれると楽なんだよ。俺の隣でずっと笑ってほしいと思うのは好きだってことだろ。わかったか?」
 途中から恥ずかしくて自分の顔を両手で覆っていた。
 うなずくのが精一杯だ。
 床に落ちた眼鏡を手にとってかけ直し、大きく深呼吸する。 
 背中にあたっているコントローラーが痛くて、思い切って起き上がると、床に座っている丞と正面で向かい合った。
「……お前はどうなんだ?」
「え、俺?」
 ほとんど動きのない丞の表情が僅かに陰った。
「俺は好きだと言ったが、お前はどうなんだ?」
「もちろん好きに決まってるじゃん!」
 腹にありったけの力を込めて伝えた。
 心に押し込めていた言葉をようやく言えた。しかも丞も自分のことを好きだと言ってくれた。
 じわりと喜びが身体中にひろがっていく。
 告白したらふられると思って、昨日からずっと緊張していた。まさかこんな展開になるとは。
「じゃあ決まりだな。一緒に住むぞ」 
「うん、これからよろしく……って住む? 一緒に?」
「不法侵入された部屋だぞ。またなにか起きたら危ないだろ」
「だって丞は寮に引っ越すんでしょ?」
「今日お前にふられたら引っ越すつもりだった」
 至と同じく丞も今日告白する予定だったのだ。
 お互い思い合っていたのに、二人ともそれに気付かないですれ違い続けていた。
 最後の最後まで噛み合っていないところが自分たちらしい。
 嫉妬して、悩んで、それでも好きという気持ちを諦めきれなくて。
 たくさん遠回りしてようやく両思いになれた。
「丞、俺は強欲なオタクだから、一度ゲットしたアイテムは絶対手放したくないんだよね」
 丞が眉根を寄せて目を眇める。
「これからもずっと好きでいるから覚悟してて」
 至が笑うと丞も口角を上げて微笑む。
 王子様のふりをしなくても、嘘の笑顔を作らなくても、幸せになれる居場所を見つけた。
 自分の人生にハッピーエンドのルート分岐があるなんて思いもよらなかった。
「ゲームショウはどうする? 行くか?」
「うーん、どうしようかな……なんかもうお腹いっぱいって感じ」
 身近な知り合いに不法侵入されたあと、片想いの相手から好意を伝えられたのだ。一日に発生するイベントとしてはもう十分すぎる。
「確かに。それは俺も同じだ」
 疲れた声で丞が言い、また二人で笑い合う。
「じゃあ、不動産屋めぐりでもする?」
 至の提案に「それもそうだな」と丞がうなずく。
 これから本当に丞と一緒に暮らすのだ。
 いったいどんな毎日が待っているだろう。
 楽しいことばかりではないとわかっている。ハッピーエンドはいつだって必ずしも幸せを約束された終わり方ではないから。
 その先をどうするかは自分次第だ。
 でも、どんなことがあっても、この無愛想な男の隣にいることが自分の幸せだと至は強く思うのだった。

第一印象最悪の二人が恋人になる流れが大好きで書いてみたお話です。
この後、至も劇団に入るのかもしれない。紬がめちゃくちゃ勧誘しそう。
同人誌をお手に取っていただきありがとうございました。
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