LOVE YOU NEIGHBOR

2019年に発行した同人誌の再録です。
役者×会社員パロ。


 高遠丞はどこかつかめない男だ。
 気を許した友人に対して優しい反面、冷めているというか必要以上に踏み込んでこない。
 おそらく他人にそこまで興味がないのだろう。
 その距離感が至には心地よかった。
 二人で部屋飲みした翌日、中華料理屋で冷やし中華を食べたときも、丞は至の失態について掘り返そうとはしなかった。
 もし茶化されたりでもしたら二度と顔向けできない。
 そう思っていた至は拍子抜けしてしまった。そして、丞に対してさらに興味が湧いた。
 その後も機会を見つけては一緒にご飯に行くようになった。お互い男のひとり暮らしだ。さすがに身体が資本の役者である丞はコンビニ弁当ばかり食べているわけではないが、それでも料理は必要最低限しかしないらしい。
 ちなみに至は必要に迫られても米すら炊かない。炭酸飲料とピザがあれば生きていけると思っている。
 LIMEの交換もした。「今日あいてる?」というごく簡単なやり取りしかしないのでとても気楽でいい。何度か会ううちに年齢が近いこともわかって一気に距離が縮まった。
 丞の家で飲むこともある。というか部屋飲みのときは丞の家一択だ。
 以前オンラインゲームの共闘から離脱できなくて、「ちょっと手が放せないからうちで飲もう」と丞を至の部屋に呼んだら「掃除をしてから呼べ」と怒られた。至は掃除をするというスキルを持ち合わせていないので、結局丞の部屋に行くのが習慣になってしまった。
 週末、好きな酒やつまみを持ち寄ってだらだらと飲んで話すだけ。ただそれだけなのに、時々至はとても胸が苦しくなる。
 至のくだらない冗談で丞が笑うとき、会社の愚痴をなにも言わずに受けとめてくれるとき、嬉しいような、くすぐったいような不思議な気持ちになる。
 この気持ちはなんだろうなあと思いながら、答えを出せないことにどこか安堵している。
 隣の部屋から聞こえてくる物音にも慣れてしまった。
 台本を読む声も、大股で歩く足音も、今ではすっかり生活の一部になり、朝のシャワー音で起きることもなくなった。引っ越してほしいと思っていた日々がもはや懐かしい。
 丞が所属しているMANKAIカンパニーは専用劇場での通常公演だけでなく地方公演も行っているらしい。
 劇団員は春夏秋冬の四つの組に分かれて、通常公演と地方公演を順番に担当する。それぞれの組ごとに演目の特徴があり、丞は入団当初から冬組に配属され、時々他の組に客演として出演していると教えてくれた。
 本番の合間に稽古をして、次回の演目に備える。地方公演が入ると一週間から二週間はアパートに戻れない。舞台俳優という職業は思った以上に体力勝負だ。
「忙しいね」
「まあな。でも忙しいくらいがありがたい。観客がいないと成り立たない仕事だからな」
 そういうことをなんの気も衒いもなく言えるからすごいと思う。
 純粋な尊敬の念に少しだけ混じる奇妙な切なさ。
 丞と会うたびに至の心はざわついていく。



「また地方公演?」
「ああ、次は関西だ」
 金曜日になればどちらからともなく連絡を取り合い、夕食を共にするようになった。今日はアパートの近所にある小さな居酒屋で飲んでいる。至が会社帰りにたまたま見つけた店だ。
 チェーン店ではなく中年の女性がひとりで切り盛りしている店で、地方のめずらしい日本酒や創作和食を楽しめる。
 本日のお通しは砂肝の唐揚げ。レモンと山椒が油っぽさを消して何個でも食べられそうだ。 
「そう言えばはじめて俺が泊まったとき、丞が何週間も不在だったのは地方公演に行ってたからだよね。全然帰って来ないからどうしたのかと思ってた」
「ああ、あのときか。地方公演にも行ったが後半は寮に泊まってたんだ」
「寮?」
 劇団に寮があるなんで初耳だった。
「劇団専用の寮がある。団員の八割くらいは寮に住んでるな」
「紬も?」
 咄嗟に紬の名前を口にしてしまった。自分でもなぜだかわからない。紬には一度しか会ったことがないし、丞の幼馴染みで同じ劇団の役者ということ以外なにも知らない。
「紬も寮に住んでる。俺は学生の頃からこのアパートに住んでるし、稽古場も近いから引っ越す理由がない。稽古が大詰めになったときだけ寮に泊まってる」
「たまには帰って来なくていいよ。静かなほうがよく眠れるから」
「お前な……」
 丞の仏頂面も見慣れてしまった。
 最初は岸壁のようにぴくりとも動かない表情を怖いと思っていたけれど、いまでは眉根の寄せ方や、口角の上げ方でなんとなく機嫌を読み取れる。
「お前な」と「茅ヶ崎」の声音の違いもわかるようになった。丞が「お前な」と言うときはだいたい至に呆れているだけで、本気で怒っているわけではない。
「関西のどこらへんに行くの?」
「大阪と神戸と名古屋だな」
「名古屋って関西だっけ?」
「関西公演って銘打ってるからそうなんじゃないか」
「適当だな。まあ俺も営業担当以外のエリアのことはよくわかんないけど。旅行とかあんまり好きじゃないし」
 特にひとりの時間が極端に少ない修学旅行は地獄だった。常に誰かとグループになって移動しなければならないし、宿泊したホテルの部屋は六人部屋。風呂では同年代の男子にじろじろと生白い身体を見られ、笑われた。
 至より身長の高い男子に「あいつ本当に付いてんのかよ」とからかわれて顔から火が出るほど恥ずかしかった。
 友人のいない高校生が修学旅行で楽しい思い出なんて作れるはずもない。
 すべてが苦痛だった。
「お前は本当にインドアだな。どこか行きたいところはないのか?」
「行きたいとこ、ねえ……うーん」
 好きな漫画やゲームの舞台になった場所に自ら赴くオタクもいるが、至はそういった聖地巡礼にあまり興味がなかった。家にいたくてゲームをしているのに、わざわざ外の世界に出て行く意味がわからない。
「強いて言えば……ゲームショウかな」
「は?」
「毎年夏にある大型ゲームイベント。大手制作会社が今年の新作発表会を開く場でもあるんだけど、開発中のゲームを無料体験できるんだよね。ちなみにチケットは超入手困難。転売されてる金額を見たら丞も腰抜かすと思うよ。『たるち』として参加してくれって依頼はあるんだけど、それだとゲストプレーヤーとして企業ブースの壇上に立たなくちゃいけないからさあ……やっぱりああいうイベントは一般参加者として純粋に楽しみたいじゃん?」
 ここまでノンブレス。
 興奮してつい早口になってしまうのはオタクの性だ。
「よくわからないが……お前にも人並みの欲があるんだな」
「あるよ! 当たり前じゃん! むしろオタクは一般人より強欲です」
 レアカードを引きたい、イベントでランキング上位に食い込みたい、誰よりも推しキャラへの愛を叫びたい……オタクとはつまり欲の塊でこの欲が原動力となって日々の生命活動につながっていく。
「強欲って……よくお前が叫んでるガチャとかイベントとかか? お前は本当にゲームが好きだな」
 ふっと口の端を上げて笑う。
 すごく機嫌がいいときの笑顔だ。
 丞の口からガチャという言葉が出た驚きと、思ったより自分のことを見られていたという動揺で、木耳と豆もやしのナムルを箸で掴み損ねた。
 丞は酔うといつもより少しだけ饒舌になり、物腰も柔らかくなって、少年のように屈託なく笑う。
 本人にそれを言ったら「そんなことない」と不機嫌そうに言い返された。人のことは言えないが無意識って怖いなあと思う。
 ここまで一緒に時間を過ごせば至がソシャゲ廃人だということは一目瞭然だし、丞の言葉に特別な意味などないかもしれない。
 そう、きっと特別な意味なんてない。
 けれど、丞が至の好きなものを知っていて、かつ馬鹿にしないで受け入れてれている、その事実だけで舞い上がってしまいそうになる。
 丞は至にとってはじめてできた同年代の友人だ。
 果たしていまの自分の感情が、友人に対する親近感なのか、それともそれ以上のものなのか、判別できない。
 友情と恋の境目はどこだろう。
 誰も好きになったことがないからわからない。
 わかるのは、丞と一緒にいると楽しくて時間が経つのを忘れてしまうこと、そして丞が笑うと嬉しくて、顔が火照って、なぜか喉の奥がきゅっと苦しくなることだけだった。

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